2011年2月1日

ガバネス ベッス ピーブ

Filed under: 未来へ向かうこれからの農業 — 管理人 @ 11:21 AM

今朝、昔の彼女の夢を見て目が覚めた。 思い出した。 苦い思いが頭の中をよぎる。

今から30年前畑を耕作しながら乳牛を40頭~50頭飼養していた。S43年に当時としては大規模な40頭牛舎を建設し最新式のパイプライン式搾乳機を導入した。 ところが少しづつ畑作物にウエイトを移行してS56年を迎えたある日。 1頭がケトージスという病気にかかりビール瓶にとかした薬を飲ませようとした。がなかなか飲まないので頭を固定して無理に飲ませてしまった。 すると気管に薬剤がはいり間もなくその牛は死んでしまった。 倒れてから荒い息使いをする牛にゴメンナを繰り返したが少しづつ呼吸する力が弱くなり最後に大きく深呼吸をして息絶えた。 死んだ瞬間を看取ったのははじめてでショックだった。 30分もしないうちに40度の高熱にみまわれその日は1日熱は引かなかった。 自分は牛を飼う資格がないと告げられたのだ。

 その年酪農をやめる決意をした。 それ以来肉を食べる時は家畜に感謝することを心がけるようになった。まさに口蹄疫などは人類に警鐘を鳴らしていることに気ずかなかればならないときなのかもしれない。

毎年家畜の霊を弔う馬頭観音にはお参りしている。  そして彼女の名前はガバネス ベッス ピーブである。 いまでも彼女の優しい眼差しは脳裏に焼き付いている。

 十勝では開拓時代は馬で畑起しをしておりどこの地域にも馬頭観音があります。 当時は馬小屋と住宅が同じ屋根の下で続いており、寝起きを共にしていて家族同然の生活をしていた。現在は馬がトラクターに変わり馬がいなくなったので家畜(主に乳牛)の霊を奉るようになりました。 宗派は違えども生きる人類の犠牲になっている家畜に感謝する気持ちは大切なことだ。 宗教によってはお参りできない方もおりますが我が家はあまり宗教にうといので家畜に感謝する気持ちを優先しています。 ここで年1回地元のお寺のお坊さんを呼んでお参りをして出席者で会食をします。

 ところで馬頭観音を奉っている建物はある農家のお父さんの作品です。 私は自費で防腐剤の塗装と屋根の塗装を手伝いました。  まったく手伝わない方で馬頭観音に防腐剤を塗っていいのかな!とか、屋根が錆びているのにいつになったら塗るんだろうと間接的に、時には直接的に言われる方がおります。  こんな人はごく一部ですが・・・・  笑って「そのうち塗るよ。」と言って睨みます。 ちなみに我が家のお墓の墓標は木材に私が文字を書いて建立しています。 なんでもお手製。ある時はにわか宮大工になり、ある時は普通の田舎の親爺になる。 自分たちで制作することによって弔う気持ちを高揚することも大切です。 

 ここでお参りすると今でも彼女の事を思い出すのである。

コメントはまだありません

No comments yet.

RSS feed for comments on this post.

Sorry, the comment form is closed at this time.

このページの先頭へ