職員の要望でサウナを手作りしている。キャンプ場のコテージを格安で分けていただき、壁を張り替えて安価に改造した。三相9kwの電気ストーブ40万円、耐熱ガラスドア数万円、壁材などは廃材を利用して、電気屋さんにストーブを設置してもらった。
職員にも手伝ってもらい再利用のコンパネをはり、全面耐熱ガラスドアを取り付けて、完成まであと一息。なんとか60〜65万円くらいで済みそうである。

職員の要望でサウナを手作りしている。キャンプ場のコテージを格安で分けていただき、壁を張り替えて安価に改造した。三相9kwの電気ストーブ40万円、耐熱ガラスドア数万円、壁材などは廃材を利用して、電気屋さんにストーブを設置してもらった。
職員にも手伝ってもらい再利用のコンパネをはり、全面耐熱ガラスドアを取り付けて、完成まであと一息。なんとか60〜65万円くらいで済みそうである。

30代でほぼ引退していた軟式野球を、古希(69歳)になったのを良い機会と捉え『帯広』のチームに入会を打診した。ソフトボールチームの後輩が数人在籍しているので相談したが、何せ約50名の部員がおりレギュラーになるのは厳しいですよと伝えられた。
死ぬまで好きな野球ができれば本望なので、邪魔にならないようにプレーする予定である。道具を揃えるのも大変でバットは5万円、ヘルメット、スパイク、ユニホームなども買い揃える。ソフトボールは30年続けているので体力には自信がある。基本動作は同等でボールが小さいが、慣れるまで1年くらいの時間がかかりそうである。バッテイングはソフトボールの投球速度が早いので、慣れれば非常にタイミングを合わせるのが楽である。
冬季間は毎週1回、室内で3時間練習をして6月の北海道大会、9月の全国大会に向けて厳しい練習をこなしている。今年は北海道大会が帯広を会場に開催されるため、5月は週4日練習日が設定している。皆は野球が好きでたまらないメンバーなので、黙々と休みなく体を動かす。最高齢は87歳で私たちと同じメニューをこなしているのには驚きである。



毎年のように開催している『蕎麦打ち会』を行う。鹿追町産『山中農場』の蕎麦粉を使用して1.5キロをたいらげた。
約45年前に十勝地区19市町村の代表で構成されていた『十勝4Hクラブ』のメンバーが中心となっている。25歳前後の若かった農業青年で活動して、メンバー同士結婚もしている。長く続く蕎麦打ち会も兼ねて顔合わせをしている。
蕎麦といえば『日本酒』を持ち寄り利酒を行う。締めは手打ちした蕎麦を『ざる』北海道産鴨を使用した『鴨南蛮』などでいただく。カミさんは蕎麦アレルギーだが鹿追そばで有名な?鹿追町に嫁に来た。茹でることは可能なので、大鍋でガンガン茹でてもらっている。美味しいので食べる方も遠慮なく食がすすむ。
地元産蕎麦は『美味しかった』なあ! さらに体験者の蕎麦包丁の扱い方もセンスがいいので、細く切れて一段と美味しかった。例年だと『うどん』のように太い麺があるものだが。太いと茹で時間が難しく、食感が変わってくる。よってラーメンは細麺派である。


台湾南部の高雄市、美麗島駅にて職員は台北へ、私はJJ一家と嘉義市へ向かう。
今回の旅に絶対条件で行きたい場所に指定していた。八年越しの念願が叶う。1931年嘉義農林高校(KANO)が初めて甲子園に出場した記念館に行くことができた。嘉義農林高校は現在、国立嘉義大学になっている。
台湾の嘉義市は農業が盛んな地域であり、国立嘉義大学の農学部からたくさんの学生、卒業生が当農場に来てくれている。大学の売店で甲子園初出場、準優勝した時の写真等が飾られている。興味深く拝見することができ満足であった。次回は一人で八田與一の銅像や功績巡りをする予定。


台湾ではどこの家庭でも外食で済ませる。代表的な朝ごはんのメニューは豆乳、ダンピン(クレープ)、焼きそば(うどん)、麺類、お粥、🍙おにぎりなど。出勤前は長蛇の列になるので、8時過ぎに店に行くと空いている。台湾の旅で注意することは、ツアーに頼らない。なるべく一般人の生活を体験、垣間見ることに留意している。よって問題になることもあるが、良い経験になり、忘れられない旅となる。
例えば、台湾への入国カードの申請で。今年10月から全てオンライン申請になっていることを知らず、税関で立ち往生する。公式サイトにアクセスして認証コードをもらうのだが・・・。メールが一杯になって受け取れず悩んでいると、ヘルパーの方が来て教えてくれる。背中からドット汗が・・・。パスポート番号、ホテル、滞在日数などを打ち込むが、間違えていてやり直し。またまた汗がドットCom.
ツアー外の旅行者は大変だが良い勉強になった。職員のヨッシーはついにギブアップする。容姿も怪しいことから特別室に行き、事情聴取され別の入口から入獄?する。(注1、少しだけ盛っています・・・)
そうそう朝ごはんでしたが、ダンピンのあんは魚フレーク、卵、チーズ、肉フレークなど10数種類あって楽しめる。私は焼きそばが好きであった。案内人が新しい店と古い店が並んで営業しているが、新しい店にたくさんのお客が並んでいるのを見て『この店に並びましょうか?』と尋ねてきた。古い店は誰も並んでいないが厨房を遠目で見ると『何となく情緒があって』きっとコチラが美味しいよと注文した。隣の店の味はわからなかったが正解であった。美味しかった。
お客さんがたくさん並んでいるからとびきり『美味しい』とは限らない。私達日本人が並んでいたら、隣に並んでいた外国人がどっと雪崩れ込んできた。これが民衆心理というものなのか。並ぶのが好きな旅行者たちである。日本人も同じだと思うが・・・。



台湾2日目の朝、一人で散歩していると、イセイのパパが身振り手振りでバイクに乗れと案内してくれ、二人乗りで朝市に行く。年配の方がバイクに乗り野菜、果物などを買っていく。若い世代は仕事なのでいないのは当たり前か。平日なのに人の多さに驚く。
🥬キャベツ200円、カリフラワー280円(でかい)。🍊オレンジ125円などほぼ北海道と同じレベルの価格で販売されている。地方ではスーパーが少ないので朝市で調達する。
台湾南部の屏東市*1)ではイセイの家に泊めていただく。今年の冬にイセイ一家が結婚の報告を兼ねて遊びに来てくれた。聞くとこによるとイセイのパパは日本語、英語が話せない理由で日本には来なかった。毎年のように中国に友達と旅行をしているそうだ。パパにはそんなこと言わずに我が家に来て泊まってくださいと話す。
出発の朝、旅行している友達が集合して懇談する。お茶は台湾を代表する高山茶をご馳走してくれる。600gで1万円するそうで、その値段を聞いてから飲むと美味しいもんですね。友達と日本へ来てくれることを約束して次の宿泊地台北に向かう。
車の送迎は我が農場で知り合い、国際結婚した JJ(妹も国際結婚して日本に在住)にお願いする。イセイと同じ屏東市に住んでおり、大変お世話になりました。
*1)屏東市にある国立屏東大学と村瀬ファームはインターンシップ提携をしており、学生の校外実習に協力している。毎年、コロナ以前は実績報告等を兼ねて大学に訪れている。


8年ぶりに台湾へ社員旅行で行ってきた。🥵暑かった。美味しかった。楽しかった6日間が終わる。顧問税理士には決算が赤字でも行かしてもらいますと伝える。
最高気温28℃と冬なのに、立派な夏の気温。さすがに暑く、台湾の々も半ズボンにTシャツの姿。全期間晴れていて、有名観光地『九份』は降水確率90%にもかかわらず雨が降らず幸運であった。お父さんは『晴れ男ですね』と感心された。
高雄、台北を中心に観光地巡りをする。現地では元スタッフの案内でお世話になった。私以外の職員全員が初めての台湾に降り立つ。元スタッフには飲食物では臭豆腐、小龍包、牛肉麺、火鍋など、台湾クラシックと18Daysビール、タピオカ、他は足裏マッサージを要望する。臭豆腐は夜市に行くと必ずあるので、台湾キムチ(甘い)と食べる。(私はなるべくなら避けたい・・・)
元スタッフには宿泊や食事、送迎などお世話になりました。来年は希望があれば好評だった台湾に再び行きたいと思います。今度は自力かつ極秘で敢行(観光)する予定です。あゝ楽しかったなあ・・・。今回の旅行で3人ほどスタッフとして採用することも忘れずに決定してきた。
職員は何もかも初めての体験で驚きの連続であったと思う。色々あった今年の疲れなどを払拭してくれれば幸いである。来年は今年のメンバーに加え3人から5人の正職員を増やすことを予定している。変形アメーバー方式で農場経営を全員社長で取り組んで頂く。おそらく地元JAでは初の取組なので互いに協力して運営できればと考えている。徐々に規模拡大をして10名近い正職員の給与を確保したいが・・・。農地取得が17年間認められず規模拡大が難しい状況です。とりあえず社長の役員報酬を大減額して対応する。














延べ18日間の収穫日で約200トン弱の長芋を収穫する。残り1.6haは来年4月に収穫する。今年の作柄は、昨年よりも小ぶりながら折れたり傷が少なく、歩留まりの良い個体が生産できた。早速、選別結果の第一報が入る。今までに一番良いA品率となって安心した。
夜には『鳥せいの炭火焼き』『熊酒場の唐揚げ』『鹿追牛の胡椒鍋』で長芋作業と今年の仕事納めを兼ねてお祝いをした。
次の日は約束していた、青い池、白鬚の滝のライトアップ、クリスマスツリーの木🌲、男山酒造🍶など旭川、美瑛に出かける。
毎年、仕事納めになると感ずることがある。今まで200人近くの国内外(外国人が8割〜9割ほど)のワーキンングホリデー等の若者を受け入れてる。全くマニュアルが存在せず失敗を繰り返しながら、試行錯誤して事業を推進してきた。
ワーキンングホリデーは最高一年間の滞在可能で、労働で得た報酬で旅行などをする制度である。農場では仕事優先にしてもらうように意思統一を図り、要望の多い休暇を与え、国内旅行などをさせている。ただし、交通事故防止のため、車を使用する場合はなるべく日本人職員と一緒に行動をするように推奨する。交通事故が起きてからは取り返しがつかないため。
農場で一緒に仕事、生活をして仲良くなり、自国に帰ってもいまだに付き合いのある面々も多い。彼らにとって異国での生活を一生の思い出となるように心がけている。なかには当然、農場の雰囲気や仕事内容などが合わなく、僅かであるが去っていく若者も存在する。
これから農場は冬休みに入るが、4月からの長芋作業に、戻ってきてくれる若者がいることは心強くありがたい。再会を約束して涙を流しながら農場を去っていった・・・。
年々老いていく自分を見つめながら、そろそろ終活に取り組んでいかなければならないと準備に取り掛かっているが・・・。




60歳以上対象の全国健康福祉祭鳥取大会(愛称、ねんりんピック)に参加した。
厚生労働省、スポーツ庁などで主催、共催で関係者、競技者、観客などを含めて何と40万人が参加する。数万人の年寄りだが、まだまだ人生100年の6割を過ぎたところ、あと40年もある。みなさん 年寄りなんて表現したら怒られます。(自身も含めて)
行きは鳥取砂丘コナン空港、帰りは米子鬼太郎空港と、それぞれ『青山剛昌』『水木しげる』の出身地として知られる。また、『石破茂首相』の出身地としても知られるようになった。
鳥取県は牛骨ラーメン発祥の地、さっそく初日に味わう。台湾の牛肉麺に匹敵するほどの美味しさで、最終日にも鬼太郎空港でも食する。肝心のソフトボール競技は親善、交流試合を神奈川県、大分県代表と2試合行い、1敗1分けであった。我がチームは平均年齢74歳と高齢の部類に位置して、平均年齢60代のチームには歯が立ちませんが、善戦をしてきました。
5日間も滞在していたので美味しいもの食べ過ぎ、ビールの飲み過ぎで『痛風』になる。2試合で4打数3安打(3塁打1本、単打2本)、守備ではショート、セカンドを守り失策なしと活躍できたかな・・・と満足している。まさか『痛風』になるとは・・・。めちゃ親指の付け根が痛い。
来年の開催地は村瀬ファーム発祥の在所、岐阜県揖斐川町だそうです。芽室町とは友好都市提携している。来年も参加したい。



ジャガイモ収穫、小麦播種が終了して、例年訪れている大雪山紅葉沼巡りに社員と共に行く。日本で一番早く見れる紅葉として定着(初心者向け?)している。今年は羆の出没があり9月21日まで閉鎖されていて、28日土曜日でもかかわらず登山者が少ない。外国人がほとんどいなかったのは驚きでした。前日の雨でぬかるんでいたが天気が回復して、気温も暖かく快適な登山日和となった。
今回は羆との遭遇回避のためコース制限があり、緑沼までの行程であったが、紅葉は見頃を迎えていて綺麗でしたね。

私も含めて参加者全員がサンゴ草を見た経験がなく、ジャガイモ収穫の途中であったが決行する。福山市立大の沢田教授ゼミの学生も参加できた。
仕事の疲れが残るなか、明日から残り少ないジャガイモ、キャベツ収穫が待っているが、旅行は『ウキウキ気分』になれるのが素晴らしい。私は常に仕事の心配していますが・・・。
旅の楽しみの一つ、ご当地グルメに舌鼓。カニラーメン、イクラ丼、寿司は並みで特上の感覚の寿司屋さんでした。Very Good!!

旅の楽しみ富良野グルメを堪能する。お昼は奮発して富良野牛ローストビーフ丼(2300円)、とろける牛肉にみな満足感。夕食はお決まりのシナトラのラーメンとへそ飯セット。超大盛りで食べる若者も。

雨の影響で仕事が休日になったのをチャンスに、東藻琴芝桜公園へ社員旅行を決行する。前日にオープンしたばかりであったが、七分咲きでも芝桜は綺麗ですね。
またある日は国内でここだけの開催、『帯広ばんえい競馬』を見物、馬券を買ってみる。ブンちゃんに馬券の買い方を指導してもらい、いざ出陣!
各々1000円程度の投資額で『馬名がかっこいい!』『強そうだ!(プロレスやK1にちなんだ名前がある)ボブサップなどで選定する。やはり本命買いと単勝を基本に買うのが無難。ブンちゃんは流石に通っているだけあり三連単?三複単?だったか1位から3位まで的中しないと払い戻しされない馬券を買っている。『それ無理でしょう?』と聞くと、これじゃないと面白くないそうである。
結果は本命買の単勝の勝ちとなった。意外と観光客がおらず、家族連れで賑わっていた。





17日に長芋の春堀作業が終了した。一生懸命に収穫をしてくれた従業員、台湾女子達に約束していた1週間の休暇をプレゼントする。ワーキングホリデーは労働で得た報酬で旅行などができる制度である。労働も職員並みに対応してもらうが、休日の旅行や各地のグルメなどを堪能する機会も与えなければならない。
青森の弘前城の桜が満開と見頃を迎え、男子職員の運転で案内してもらった。あるグループは登別温泉、函館に向かう。私らは留守組で仕事&仕事で頑張る。着物を着て綺麗に変身した(これは失礼、着物着なくても充分可愛い)彼女達の写真を送ってもらう。
年間200万人以上の観光客が訪れる弘前城で、彼女達は一生の思い出になったことでしょう。
例年訪れている、大雪山高原温泉紅葉沼巡りを敢行する。前日の雨でぬかるんでいたが、遅れていた紅葉が見頃を迎えていた。新人職員が4人ほど初めての登山。2・3日前に山には冠雪が見られ、白、緑、赤、黄色のコントラストに『綺麗だね!』を連発していた。
年を重ねるごとに『しんどい!』と感じつつも、日本一早く見れる🍁紅葉に魅了される。若者に必死になってついて行くのは『あと何年可能なのかなあ』と登山の途中で感じてしまう今日この頃であ〜る。

前日の大雨の影響で作業が困難となる。キャベツ収穫機の部品調達、研修、観光も兼ねて富良野へ職員とともに出かける。オサダ農機さんでは急な申し出にも関わらず視察を受けていただきありがとうございました。
オサダ農機ではヤンマー、クボタ、ヰセキ3社に収穫機を提供している。受注生産で発注してから約4ヶ月で出荷しているそうです。部品供給はY経由で供給される。また、ほとんどYでは部品在庫をしていない。これがネックで部品発注してから2週間も日数が必要となることもある。
最新技術の倒伏用デバイダー、葉もぎ取り装置?などの説明を受ける。回転するデバイダーは外国産で存在するが、写真の簡単な丸棒でするのが効果があるとのこと。生産者側の対策としてセル苗を深植えすることである程度倒伏は防止できるのでお試しを。
生産者からの要望として雨天時における駆動プーリーと下部搬送ベルトの滑り対策を、交換部品の敏速な配達、在庫をお願いした。昨年は部品発注してからY経由で10日ほどで到着したら、寸法が合わず再発注して20日目でようやく交換できた。農家である程度在庫はしているが、部品が高額なのでベルト類は最低限しかしていない。また不具合は年度途中でいきなり発生する。今回もYで在庫(購入先はヰセキなので売ってもらえません)していないということで直接製造元にお願いした。
クボタ、ヰセキ両社から直接(Y経由)部品供給してもらえないので、多くの日数を必要とする。なんとか改善をお願いしたい。



野球と重なって楽しんでいたソフトボールは30年目近くを迎えた。メンバーは70歳前後の方が多く、最高齢は80歳前後である。週3回の練習をこなし、年齢別に全国大会がある。所属しているクラスは最高齢のハイシニア(古希)68歳以上である。若いクラスは出場資格があるので10歳下のクラスで大会に参加する。来年はハイシニアクラスの出場資格を取得する。
私は仕事が現役のため2〜3週に一度くらいしか参加できないが、大会には参加させていただいている。メンバーの大半は芽室町出身、遠くは帯広市、幕別町、鹿追町、足寄町、網走市から通う愛好者も存在する。元教員、刑務官、人工授精師、町役場、市役所、営林署、自衛隊、農機具製作会社、農協、土木建築会社社長、道外からの移住者、農業と職種は多岐にわたる。
みなさん薬を飲みながら、前立腺の手術などの話題が飛び交う。病院へ通院しながら『ここが痛い、あそこがダメだ』と言いながらボールを追い、バットを振る。私は一番の若手?なので会話に参加出来ないが、いずれこんな風になるだろう・・・と思いつつ参考にしてもらっている。
今年は2年のブランクがあったが珍しく好調であった。シニア(59歳以上)の十勝大会、北海道大会で時速100キロ近く投げる投手から柵越え本塁打、3塁打など10割近い打率を誇った。来年はねんりんピック(愛媛県今治市)全国大会に出場が決定している。今から晩酌を我慢して年金を貯金するように82歳の監督より『通達』があった・・・。国体以来の本塁打を狙っている。


長芋収穫が終了して、基本的に仕事は長い冬休みに入る。例年通り社員旅行でK町に一泊して知床に向かう。道民割を利用したいとフロントで申し出たところ、宿泊予約時に申し出ないと適用されません!と言われた。顔面蒼白となり困った表情をすると「あっよろしいですよ!」とOKが出る。一人5000円にクーポン券1000円が利用できないと困ると伝える前に言っていただいた。「ふーやれやれ、脂汗が・・・出るところだった。」
K町長芋栽培農家出身の社員が在籍しているので、挨拶も兼ねて農場を視察させてもらう。ちょうど長芋の出荷作業をしているということで箱詰め作業を見せてもらう。村瀬ファームは長芋を栽培してまだ6年目と経験が浅いので初めての作業を興味深く勉強させてもらう。10キロで3000〜4000円程度の価格で近くの市場に出荷しているそうである。当地JAでは長芋の選果施設(JA鹿追町と同じく)がないそうで、隣町のJAに出荷している。仕事のない冬期間の仕事確保に向けて興味深かった。
社員のお父さんから詳しく説明を受け、試験的に箱詰めをしても悪くはないと感じたが・・・。5年前にジャガイモ価格が暴落して大量に破棄した「苦い思い出」がある。それ以来ジャガイモの市場出荷はしていない。
K町温泉では社員の両親、シニアソフトボールの仲間「網走の授精士」I氏を交えて楽しいひと時を過ごす。I氏は十勝まで練習に通う「未完の大器」速球派の投手。なんとか全国デビューをさせたいが・・・。
翌日は海鮮丼、ヒグマとの遭遇を目指して知床へ。ヒグマにも会えず、最終目的の海鮮丼のランチを道の駅で楽しむ。3色丼は2300円と手頃の値段かつ新鮮で美味しかったですね〜〜〜。



馬鈴薯の収穫、小麦の播種が終了して、毎年訪れている大雪山高原温泉沼巡りに職員全員と共に出かける。見頃を過ぎていたが天気に恵まれ暖かい陽気の中探索できた。例年、沼めぐり中間地点の緑沼、大学沼などで折り返していたが、今回は(登山の日)でもあることから初めて一周することになった。沼めぐり前半は終わりかけの紅葉であったが、後半はまだ紅葉が残っており「ナナカマド」等の🍁赤い葉も健在であった。
おおよそ5時間の行程で「ふくらはぎ」はパンパンになり年を重ねるごとに「厳しい!」と感じつつも、「来年も来てみたくなる」ハイキングコースである。7月の夏場は山側の斜面にはたくさんのヒグマが見れるそうで、個人的に来てみようかなと計画している。
高原温泉の湯は疲れを癒し、居酒屋での生ビールは格別の美味しさであった。1ヶ月分頂きました・・・・。

ヒグマに会いたーいと願いつつ知床へ向かった。特に香港、台湾から来ている彼女たちが強く望んでいた。3年前に遙か彼方に川の縁を歩く小熊を目撃したことがあったが・・・。知床五湖を探索した帰り道、道路を横断する大きなヒグマと遭遇する。歓声とともに一同パニックに陥る。誰かが「ラッキーだね」とつぶやく。しばらくのあいだ「のそのそ」と歩く姿に見とれてしまった。
慌てて携帯を出して写真を撮ったが、森へ堂々と帰る後ろ姿を撮るのが精一杯であった。「大きかったですよ。」一同大満足の日帰りの知床ドライブであった。




毎年、職員とともに登山しているが、近年まれに見る綺麗な紅葉であった。日本で一番早い紅葉を見ることができる大雪山連峰のひとつとして有名である。
山頂に近い大学沼ではエゾシカの親子が我々を迎えてくれる。ガイドさんに訪ねてみると、沼のほとりに現れるのは珍しいそうで、最初はヒグマではないかと色めき立ったが・・・。7月は頻繁に斜面を歩いているそうだが、9月になるとハイマツがある山へと餌を求めて移動するそうである。
エゾ沼ではウーパールーパーがいると職員が大騒ぎするので、沼を凝視してみるとエゾサンショウウオの子供が泳いでいる。冬の前に陸に上がらないと沼が凍結して死んでしまうとのこと。厳しい環境で生き残るためには困難だと感ずる。








眼下に見える然別湖は絶景かな。何度見ても綺麗で気持ちが良い。然別湖を眺めながら食べるおにぎりは格別の味がする。
片道1時間半の初心者向けコースは、紅葉が始まりたわわに実った赤いナナカマドが迎えてくれた。
山頂付近の岩場では、エゾナキウサギが頻繁に甲高い鳴き声とともに姿を現す。一斉にカメラのシャッター音が当たりに響く。生まれて初めてエゾナキウサギの姿を見ることができた。これですべてが満足の一日となった。明日からは残り2日となったジャガイモの収穫を再開する。






我が農場のある鹿追町は人口5400人、酪農と畑作の第一次産業が盛んな町である。午前6時00分頃に隣の牧場の仕事が始まる音で目が覚める。寝室からわずか50メートルのところに牛舎があり、乳牛の鳴き声が「モー」と聞こえる近さである。つまり、広い北海道では珍しく道路を挟んで隣の農場が繋がっている。訪問客に「牛も飼っているんですね?」「さすが北海道の農業、建物がたくさんありますねー?」と度々言われる。
それはさておき、ある日出張で東京に行くことになった。一年に一度くらいは都会に出かける機会があるものでコロナ禍のなか影響が最小限になる時期を選定した。来年の従業員確保のためやむを得ない活動であり、農場経営の根幹に関わることである。
久しぶりにインターンシップの学生たちと再会する。「何が食べたい?」と、あらかじめ聞いていたところ鰻が食べたい!と言うので(実は自分が食べたかった)浦和のうなぎ屋に行く。三人とも「ひつまぶし」を食べたことがないので、3500円の「浦和でひつまぶしとは言わないが」鹿児島産の鰻を注文する。三人とも「美味しかった~~。」と大満足なようであった。
後日談としてタクシーの運転手に「浦和」は何が名物ですか?と質問すると「何もないですよ!」「強いて言うなら鰻ですかね・・・」「昔、鰻の養殖が盛んだったようです」と返答があった。運転手は岩手県の釜石市出身でした。江戸時代に浦和宿として江戸に向かう宿泊客が鰻を食べて精を出したそうである。何でかな・・?
埼玉に三泊したので埼京線、西武線、山手線、京浜東北線など頻繁に利用した。山手線だったかな女性のなかに割り込んで座ったところ、向かいの中堅?の女性にジロっと見つめられた。耐えられなくなりドアを見上げると「女性専用車」、が目に入り慌てて退散したのだった。男性もポツポツと座っており気がつかなかった。
飯能市にあるムーミンバレーパークなどにもバスを利用して行けて交通機関の勉強になった。そのバスではSuicaかな乗車時にカード読み取りをせずに乗った親子二組がいた。降車時に料金が不明で、運転手に「どこから乗ったかわかねえだろう!チ㋓っ!」と罵声と舌打ちをされてかわいそうであった。観光地で今時こんな運転手が・・・いるんだと感じながら、200円の現金と整理券を料金箱に入れると「よしっ!」と言われてしまった。埼玉県飯能市は恐!。
今回は来年就職が内定している二人の家族と、正職員の家族と懇談する。当社に2年在籍している正社員の親とも初めて会うため緊張のひとときを過ごす。農場のHPや当ブログで仕事や生活の様子を発信して、バレバレなのであえて込み入った話題はなかったような。皆さんのご家族に会えて安堵感を覚えたような次第です。就職内定の辞退だけは防止できたかな?来年は正職員として頑張ってもらいましょう。


日本一早い紅葉を見るべく大雪紅葉沼巡りに行く。毎年ここに訪れるが、こんなに綺麗に紅葉した緑沼を見るのは初めてである。
毎年見頃となる9月末までマイカー規制で入山するにはシャトルバス(往復1000円)の料金がかかる。マイカー規制が終わる9月28日に一人1000円を節約するため実行した。ということは今まで見頃を逃していたということで、今年は紅葉が遅れてちょうど見頃を迎えていた。ラッキーであった。
節約できた1000円は美味しい焼き肉(一ランクを上げて上肉)となった。作戦が大成功する。







村瀬ファームのブログであまり紹介したことがないソフトボールについて紹介する。
中学生から始めた野球を40歳になってソフトボールに切り換え23年になった。私が所属している帯広ソフトボールクラブは、20代から70代までの年代別にチームが存在し、全国大会 を目指して奮闘している。
40代で初めて国体に出場して全国のレベルの高さを実感した。練習をしなければ簡単には全国に行けないことを知った。今年は久しぶりに全道シニア大会を制して自身10年ぶりに全国シニア徳島県大会(59歳以上)に出場した。国体に勝って以来久しぶりに1回戦を突破したが、元日本リーグで投げていた投手が顔を揃える実力チームには歯が立たない。ほとんど直球ではなく大きく曲がる変化球やチェンジアップを出し入れされて、軽く料理される。そんな投手は北海道には皆無なので感心している間に試合は終了する。
そんなことで鳴門の渦潮を見て、焼肉屋で村瀬ファーム産の「癖になるキャベツ」を感激しながら食べて帰ってきた。まさか農場産のキャベツを四国で食べれるとは”涙、涙の徳島の夜だった。





毎週一回、冬季間だけの頭の運動ゲームが開始される。タバコ禁止、アルコール禁止、女性禁止、居眠り?禁止の厳しいルールがある。さあ一回目の今夜は、なぜかしら小三元、大三元が数度に渡り和了寸前までいったが和了ができなかった。運命やいかに````。

毎年、納会は地元の然別湖で開催していた。宿泊客が減少している11月の平日は閉館しているので、やむなく十勝川温泉で開催することにする。それでは一度も経験したことがない「大衆演劇」を観劇しようかとプランを練った。
長谷川劇団は十勝初登場とのこと。大盛況の会場に従業員、パートさん、家族総勢15人で足を運んだ。午前10時から貸切公演、11時から午後3時まで一般公演と会場は200人を超える大観衆(十勝各地の農協の老人会が中心)に驚き、平均年齢の高さに納得、劇団員(5歳)の熱演に観劇(感激)する。「ちゃん!生みの親より育ての親がいい!」5歳の人情芝居に涙する方も・・・。台湾、香港の従業員は眠い目をこすりながら「自国の京劇」などとは違う大衆演芸に見とれていた。
生まれて初めてだったが、「良かったですね!」何事にも一生懸命取り組む姿には感動した。



週に1回、室内練習場にてソフトボールのトレーニングをしている。軟式野球から離れ40代から始めたソフトボールをクラブチームで行っている。
5月からは屋外で練習が始まるのでかる〜い準備運動でしょうか・・・。と思ったがかなり内容はハードで6年のブランクが身にしみることに。肩は大丈夫だが、走力や足、膝、腰、肘が悲鳴を上げた。無駄な脂肪が緩んだ身体を作り上げていた。徐々に身体を作り上げていくことにしますか。
ソフトボールは楽しい。今年はねんりんピックの全国大会に出場の権利があるそうで皆さん意気込んでいます。


昨日は最低気温ー15度Cと冷え込んだ。日中の最高気温はー3度Cと絶好のコンディションのなかイグルーの制作が進行する。強風で表面の雪が飛んでしまい、接着剤の代わりになるシャーベット状の雪が不足している。
本州の北陸では例年の3〜10倍の積雪だそうであるが少しこちらにも降雪して欲しい。現在20〜30cm程度の積雪だが、先日の雨が影響して雪がザラメ状になりあまりかんばしくない。
さて、今日も頑張りましょうか・・・。




村瀬ファームの仕事が終了する11月中旬から1月上旬まで従業員はOFFとなる。従業員(*注1)はおのおの実家へ里帰り、旅行、酪農家へアルバイト、スキー場、ホテルなどのサービス業へ移動する。その期間給与はないが賞与、手当などの収入があるので贅沢しなければ問題は起きていない。この期間、充電期間と捉えて気楽にまた自由に生活時間が取れるため概ね好評である。
今年度初めて社員とともに台湾研修会を実施してみた。初日は台北に降り立ち、早速、台北支店の面々と再会する。公務員、有機農業、パン屋、HOTELマン、自営業、JTB、貿易会社、日系会社などの仕事に携わっている。
ここのレストランはお父さんが支払いますよ!と伝えると、みんな働いていますからこちらで支払いますと、ごちそうになった。インターンシップ1期生Meyは新しい?彼氏を紹介されるが来年2月に東京勤務になるそうだ。2時間ほど懇談して北海道で再会を誓って宴会は終了した。が、どうも酒が飲めないのは不満で、社員4人で日本式居酒屋において台湾初の研修旅行を記念してお祝いする。やっぱり旅行ではご当地、台湾ビールだよね~。台灣の大衆食堂ではアルコールが飲めない。居酒屋はOK.
5年前の2012年、ワーキングホリデー一期生のイン、アン、旭も夫婦で参加してくれた。
注1,2012より従業員を採用するようになり、各国の構成は以上の通り。日本26人、台湾53人、香港12人、中国10人、欧州2人、オセアニア2人、インドネシア1人、マレーシア2人となり今年度で100名を超えた。隣の韓国からはなぜか応募がゼロ。他に沢山応募がありましたが宿舎などの関係で採用できなかったことをお詫びいたします。昨年は台風で交通がストップして参加できなかった方もいました。またどんどんチャレンジしてくださいお待ちしております。現在のところ来年8月頃より若干名採用できるかもしれません。




香港と台灣のスタッフを帯広駅まで送り届け、KIっちゃんの所属T農場のあるT町まで送った。急に昨年も訪れたひろおサンタランドに行きたくなって皆に相談する。T農場社長に推薦された美味しいラーメン屋さんがあるので、ついでに行ってみようとなり足を伸ばした。
広尾町の入口付近になる『ラーメン鈴や』で角煮醤油ラーメンにトッピングでチャーシューを注文する。これはクオリテイーの高い美味しさに驚いた。また行きた〜い。
サンタの家では願い事をサンタさんに託す。社会人の彼女たちは恋愛、仕事、健康、資格の取得など現実的なたくさんの願い事をする。バックミュージックには竹内マリアの『クリスマスが今年もやってくる!』が流れる。
♬クリスマスが今年もやってくる。♬誰にでもやってくる。♬悲しいかった、出来事を消し去るように!♪
『そうだよな・・・』祝い方は千差万別だろうが必ず誰にでもやってくる。『幸せも平等にやってくるのかな・・・?』『悲しかった出来事は消し去ることが大切か・・・』としばし曲に
耳を傾けた。







10月5日に豊作だったジャガイモの収穫が終了する。種子芋が腐敗などで心配していたポテトチップス用『キタヒメ』であったが、良好な結果となった。今年は美味しいポテトチップスがたくさん食べれそうですね~。
大阪の高校生が農家民泊に来ていたので、みっちりジャガイモ収穫を体験してもらった。お礼に紅葉が終わりかけの『福原山荘』に従業員全員と出かける。今年の紅葉は昨年と違い綺麗である。








『お父さん!明日希望者で阿寒へ行きますのでよろしく!』と言われた。
日曜日で交通量も多いことが予想されたので『お父さんが運転していきますよ』『もし事故が起きたら困るので・・・。』
ということで仕事を頑張って前日に済ませて急きょ阿寒湖へ向かう。まりもが買いたいとのことで民芸品店『えぞりす』に寄り、瓶詰めのまりもを購入してお満悦の台湾大学生であった。今回は、私が小学校の修学旅行以来となる『硫黄山』に50年ぶりに行ってみた。温泉卵は食べれなかったが50年前の記憶が今も変わらず新鮮によみがえる。
旅行などしたことがなかった小学時代。観光バスのガイドさんが砂利道に揺られながら『まりも』の歌を熱唱していたことを印象深く記憶している。阿寒湖、摩周湖は初めての遠出となり楽しかったことを思い出す。今も変わらずきれいな摩周の湖面をしばらくは見とれていたのだった。






3年前、7ヶ月間ワーキングホリデーで農場に在籍していた台湾のTinが再訪してくれた。彼女は大変な努力家で農場から帰国後、日本語検定1級、難関の公務員試験に合格して鉄道局に勤務している。私が尊敬する台湾人の一人である。
見頃を過ぎていたが、Tinがまだ行ったことがない大空町の芝桜と網走刑務所を訪れた。今度は彼と一緒に来ることを約束して最終地『札幌』にJRで向かった。










先日、見頃を迎えた桜並木で有名な観光地である新ひだか町を初めて訪れた。少し散りかけていたが迫力は満点。桜が満開の時期は農繁期と重複するため、なかなか訪れることができなかった。こんなにきれいな並木があるのなら早期に来るべきだったと後悔する。帰り道に浦河町の夜桜も見物。青森弘前城の夜桜には遠く及ばないがライトアップされた桜も見頃を迎えていた。
ご当地での夕食は道の駅、三石昆布温泉内にあるレストランへ。山ワサビが主役のようにたくさんのっている三石こぶ黒牛ステーキ丼を食す。日高昆布を餌にしているフレーズで赤みが多いヘルシーな肉である。ご当地で有名な特産物トマト、玉ねぎも主役を盛り上げるべく花を添える。何と言ってもムラセファーム産山ワサビ(一部)がステーキとコラボしてすこぶる美味に感ずる。日高昆布の出汁がめちゃくちゃ美味しい麺類もおすすめである。道の駅としてはすぐにでもリピートしたいレストランである。
最近、山ワサビの美味しさが本州の方に知れ渡り、問い合わせが多く対応に苦慮している状況。生産が間に合わずこれからどうしましょうか。
山ワサビの栽培面積を1haに拡大したものの原料は不足気味である。






日本の総理大臣として初めて安倍首相がアリゾナ記念館を訪れた。
実は私も1985(31年前)年にここへ訪問している。観光客に一般開放した1980年の5年後であり日本人は私たちだけであった。現地の添乗員にアリゾナ記念への行きかたを教えてもらった。『本当に行くのですか・・・?』『あまり日本人は行きませんよ!』と忠告されていたが『どうしても行きたいのでお願いします』と言った。行き方を教えていただきかみさんと二人だけで向かった。1941年、日本海軍によるハワイ真珠湾攻撃時に沈没した、アメリカ戦艦アリゾナの上に建設された記念館である。
基本的に欧米人は我々黄色人種は日本、中国、韓国人などに見分けるのは難しいので、会話をしないように静かにしていた。記念館を紹介する映画には『JAP!』ジャップを頻繁に使用しており居心地が悪かったことを思い出す。約1100名以上もの乗組員が戦死して多くが今も艦内に眠っているという。溢れている重油が黒い血のようである。
記念館に向かうボートや館内は欧米人ばかりで黄色人種は我々だけあった。時々鋭い視線を感じたこともあった。日本からの宣戦布告が遅れてアメリカに伝わり、結果的にだまし討ちととなってしまった。しかし、戦後の機密文書の公開で日本の暗号が解読されて、米軍上層部では攻撃を知っていたことをわかった。戦争とは一般民衆を無視しながら巻き込んでいくことになる無益な争いである。
安倍首相、オバマ大統領とともに犠牲者を追悼して『不戦』を誓った。是非、ハワイで観光した時はアリゾナ記念館を訪問してください。

農作業がオフシーズンに入ると、NHKドラマに釘付けとなる。BSの朝ドラから始まり日曜の大河ドラマ『真田丸』で1週間が終わる。
私はあまり朝ドラは見ないが『マッサン』の時は面白いなあ〜と毎回楽しみにしていた。かみさんはひどい時には朝ドラをBS、朝8時、昼と同じものを3回見る(かみさん曰く見逃した部分を検証しているそうだ)。私は午後1時から『スタパ』を大河ドラマとともに楽しんでいる。大河ドラマに出演しているキャストが順番でゲスト出演する。ドラマで演じている人間と俳優としての人間の比較が興味深い。俳優の名前を初めて知ることが多い。つまり正午頃からは天気予報、NEWS、サラメシなどNHKに釘付けとなってしまい昼寝を忘れること度々である。
昨日は大河ドラマ『真田丸』がついに最終回を迎え、お笑い芸人が大挙サプライズ出演するなど、近年稀に見る大河であった。
西は東に戦は負けてばかりであるが・・・。来年は阪神タイガースがセリーグを制覇して、パ・リーグ覇者の日本ハムとの日本シリーズを戦うのが最高だね。大阪が元気にならないとイカン。大阪基盤の維新の会は小池都知事をいじめている場合ではないと思うが・・・。

雪が降り気温が下がると冬季限定のボケ対策『ポンジャン』が始まる。禁酒、禁煙、24時終了を厳守している。40年ほど続いているロングランなレクレーションである。メンバーが最低でも4人揃わないと始めれない。(3人でも可能だが手作りの楽しさが失われるのでやりません)
時にはメンバーが都合がつかない時は中止することがあるので、5〜6人で交代しながらPlayをする。5時間ほど座っているので交代要員がいると気分転換にもなる。良くも悪くも40年も続いていることに感心する。かみさんたちも諦めて反対する言葉が聞こえてこない・・・。と勝手に考えている。
雪が解け、気温が上昇するとおじさんたちのゲームは終了する。写真では人間がゲームに講じていて、決して水蛸(たこ)ではありません。

どこの観光地でも美味しいソフトクリーム、アイスクリームが食べれますが。どこで食べても外れがありません。まず足寄の道の駅ではラワンブキのアイス。写真の摩周湖の近くのジェラート、牧場の直営ではないそうだが地元の牛乳を使用している。今や地産地消は当たり前ではあるが。

阿寒湖温泉街では阿寒湖に生息するワカサギを使用したワカサギ丼。

斜里町ではイクラ丼、海鮮丼。


ウトロ(知床)では海鮮三色丼
昨年の知床連山。
今年の知床連山。










楽しかった、紅葉が綺麗だった社員旅行は好天に恵まれ最高のコンデションとなった。説明はいらないでしょう。写真が物語っていますので・・・。

釧路湿原にて記念撮影。あいにくの雨で寒いため散策はあきらめる。(雨天のため休日なのですが・・・。)休日は雨ばかりで外国人には恐縮しています。
日本初の本格的スパークリングワインの製造法の説明を受ける。消費者の私たちは値段が高いとか勝手なことを申しておりましたが・・・。手間隙かかった国産ワインを応援したい気持ちが一層強まる。
今夜はチーズ、サラミで国産スパークリングワイン『ブルーム』を堪能することにした。
https://www.shikaoi.net/
然別湖ネイチャーセンターが運営している『Air trip』を体験する。体験後は然別湖にあるcafe『mubanchi』で地元鹿追産、十勝産を使用したホットケーキ、ピザ、グラタン、パスタ、ソフトクリームなど頬張る。初めてなのでmenuに掲載されている写真9枚、9種類を注文した。
注文後に調理をしているのと、地元産の小麦粉を手作りで生地を作っているそうで、美味しいホットケーキなどを皆で味見をしながら食べた。
店名の意味を聞いた。ラテン語かフランス語かと思っていたら、当地住所の『然別湖無番地』から由来しているそうである。
Air Tripは5箇所に張られたワイヤーでテーマごとに滑空する。森に住む鳥類、リス、植物等の学習をしながら、鳥になりまたは木々の種子となって舞い降りる。長いワイヤーでは250m、高さ50mもあり、スリル満点の安全な体験ができる。急なお願いにもかかわらず快く日程に組み込んでくれ、チャーリー氏の口調にも魅了された一日でした。
然別湖の冬季イベント『然別湖コタン』のボランティアスタッフに、香港、台湾の当農場スタッフが予約を入れることになった。


雲海を見れる確率60%を信じてトマムへ。
午前2時半に農場を出発して3時半に星野リゾートトマムに到着する。雲海テラスへ向かうリフトは長蛇の列。日曜日の朝なので外国人でごった返すかとおもいきや、意外と日本人ばかり。外国人ツアーは平日に組んでいるのかほとんど見受けられない。乳飲み子からお年寄りまで幅広い年代層でたくさんの方が挑戦されている。

雲海テラスは待てど暮らせど深い霧のなか。たまらず歩いて30分かかる山頂に挑戦することになった。昨年から新しく開設されたそうで10畳ほどの山頂に身体を寄せあって霧が晴れるのを待った。(実はあまりにも登頂が厳しいので途中で挫折して朗報を麓で待っていた。)
2〜3分ほどであったらしいが霧が晴れて雲海が見えたよとラインで写真を送ってもらう。1900円の入場料の元を取らねば帰れないと思ったが、まずまずの収穫で安心した。
雲海テラスは待てど暮らせど雲海は見れずじまいで下山したのだった。




ラベンダーの香りに包まれて天にも登る気分になった。目を閉じて精神を統一すると『わたし!ひらめきました!』『何が?』秘密です・・・。『気になるなあ・・・』


今年も十勝川温泉で行っている冬だけのイベント『彩凛華』に行く。気温は-10度前後で風がなく穏やかな日に訪れることができた。
来訪客が多くなったのか駐車場は大きくなり、誘導員も大幅に増員されていた。足湯、氷の滑り台など楽しんで帰宅する。
農業と観光、2足のわらじははじめから大変だと分かってはいたが・・・。めまぐるしく変化する世界情勢に対応するには何が必要か?いや、こんな漠然としたことより簡単なことを解決すべし!
家族、従業員、農場スタッフ一同が一心同体で不退転の決意で頑張ろう!という結論に達し(当たり前なのだが、それができていない)もう一度原点に帰って『なすべきことはなす』を確認する。まず第一に以前より叫ばれている農業の基本、生産性のアップ、コストダウン、農場内の組織改革。もう一度反省することにした。きちんと仕事をしなければ成果は得られない。
第二にスタッフが協力しあって知恵を出し合い得意分野を活かして農場運営を立案する。スタッフが飼育しているダチョウの玉子に絵を描く体験サービス(講師は従業員です)。自家産農産物を利用した豆腐作り、ピザ作り、そば打ち、アスパラガス、ジャガイモ、枝豆の収穫や試食など。
北海道ツーリズム協会、北海道ツーリズムネットワークと打ち合わせを数回行う。HPは英語でも閲覧できるようにリニューアルする。ここ鹿追町はファームイン、アクティビティが連動している先進地であるが、DMO(農業、観光、ジオパーク、地域、行政などが一体となった組織)が設立されておらず、せっかく北海道ツーリズム協会が鹿追に存在しながらもどかしい活動になっているのが現状でしょうか。帯広市でも十勝アウトドアブランディング事業を立ち上げるようで、いよいよ本気になって観光客を呼びこむ体制を築こうとするようだ。鹿追町も地域おこし協力隊を活用して北海道ツーリズム協会をサポートしていただきたいと要請しているそうだが・・・。
某公営放送の番組製作会社の方が言っていたことを思い出す。鹿追町はアクティビティが充実していてほとんどのことをここで体験できるのは素晴らしい!と感心していた。ファームインで農作業体験、宿泊して町内でアクティビティを満喫する。その構図が徐々にではあるが軌道に乗ろうとしている。インバウンド、アクティビティなど訳の分からないIT用語や英語が使われだしてきて、お父さんの頭のなかはグローバル化が進行中である。
『とりあえずやれるものはやってみよう!』
屏東大学での懇談会を前に昨年インターンシップ参加のエンレイ、ネギとR教授と台湾原住民のテーマパーク(台湾原住民族文化園区)へ初めて訪れる。台湾では原住民と言っても差別用語には当たらない。発音も日本語とほぼ同じである。
台湾では大きく分類して16民族の原住民が存在する。総人口の2%前後ながらプロスポーツ界では日本ハムの陽岱鋼を始めたくさんの有名なプロ野球選手がいる。陽岱鋼選手は台湾では最も人口が多い阿美族の出身である。戦時中、勇猛果敢で有名な高砂族は原住民の総称で、日本が勝手に呼んだ正しくない表現である。
ここでは16民族の特色ある衣装などを毎月民族ごとに歌、踊りなどを中心に公演をしている。今日はタイヤル族の公演日で楽器や弓、刀を使った民族舞踊を楽しめた。日本のアイヌ民族と共通する楽器(ムックリ)、弓矢の踊りなどあり驚いたのであった。ムックリなどは形状や音色は全くの同一でアイヌ民族と同じ流れであることが理解できる。
台湾の原住民を知るにあたり一度は見て欲しい観光地である。北海道の人間はアイヌ民族との共通点に感激すること間違いなしである。日本でお馴染みの歌手で女優のビビアンスーはタイヤル族の出身である。美人が多いのかな・・・?
台湾南部の屏東大学での懇談会を終え、次の訪問地新竹市に向かう。まず新幹線に乗車する前に『突然お宅訪問!』を強行する。
昨年インターンシップで農場に来ていたエンレイの両親に会うことになった。同行しているJ/Jに通訳と電話連絡をお願いしてアポ無し訪問が実現した。日本語、片言の英語、台湾語の3ヶ国語ごちゃ混ぜで会話する。理解できない時は笑顔だけで済ますこともある。がしかし、理解できるまできちんと聞き直しなどして理解しなければならない。お父さんは近くの大学の非常勤講師をしている。台湾の大学では専門分野になると一般市民が講師となって先生とともに講義をしている。今回の旅行で複数の人に会ったのでかなり頻繁に行われているようである。
屏東駅から電車で台南市を過ぎ、昨年台湾映画『KANO』の舞台となった嘉義市の近くまで足を伸ばす。エンレイのご両親が駅まで迎えに来ていただき、わずか1時間半だけだったが昼食をご馳走になる。美味しかった〜ありがとうございました。牛肉の鍋を頂く。
お父さんから娘の交際について日本語で質問された。「二人は若すぎる!」私は食べてるものを噴き出しそうになった。「お父さんは知っている・・・」その慌てた様子に、日本語を話せないお母さんが英語で「何を話しているの?」興味津々で腕をつかんで聞いてくる。お母さんは知らない様子なので何とかごまかすことに成功する。日本人の彼とは遠距離交際が続いているようだが・・・。塞がりかかっている毛根から脂汗が吹き出た瞬間であった。
KANOクランクインMOVIE KANO予告編 *映画挿入歌『風になって〜勇者浪漫』
その後は新幹線で台湾北部の新竹市に向かう。晩御飯は夏休みを利用して農場に来ていた(注1)国立政治大学生ruriのお母さんにご馳走になる。4泊5日の最後の夜を楽しく過ごす。
新竹市は米粉(ビーフン)が有名で、最後の締めに鴨肉が入った米粉麺を食べる。細麺で飲んだあとはラーメンよりあっさり系で美味しい。すっかり米粉麺のファンになった。
1,国立政治大学は台湾次期総統、蔡英文氏が教授をしていた。台湾では偏差値がトップの台湾大についで文系では高い大学である。ちなみに理系は清華大、師範大などある。
台湾はフルーツの宝庫である。マンゴー、パパイア、スターフルーツ、パラミツ、パッションフルーツ、ドラゴンフルーツ、ライチ、バナナ、グアバなど種類が豊富だ。写真は釈迦の頭に似ていることから釈迦(ブッダ)、英名はシュガーアップルと呼ばれる。非常に糖度が高くて甘い。一粒づつむしって食べれる。
写真のように完熟していると口のなかでとろけ、個体は柔らかく強く掴むことはできない。甘みが口の中に広がりメロンより糖度が高いかもしれない。種子は有毒だそうでしゃぶらないほうが良いでしょう。ほとんど日本には輸入されていないそうで、温室栽培ではマンゴーより将来性はありそうである。
毎年、札幌発台湾行の直行便で渡航しているが、1ヶ月前に予約をすると往復で23000円の格安航空券がGetできる。LLCではなくても諸税を含めて3万円台に抑えることができる。この価格で直行便かつ約4時間の空の旅で機内食が1食、飲み物が飲み放題である。(LCCでした)
初めて海外の航空会社を利用した。機内は集められた9名の日本人客以外は中国系のお客さんでびっちり埋まっていた。座席が2列前の40歳前後の上品な中国系女性が、私の方を見ながらCA(客室乗務員)と2〜3回に渡って相談をしている。非常に気になった。もしかしてイビキでも思いっきりかいてしまったか・・・。するとその女性は何を思ったか空席だった私の隣の席に座る。乗務員にワインから始まりビール、コーヒー、ジュースなどを順番に注文する。ひと通り飲み終わると、短い足?を2本揃えて前席のポケットに乗せて眠り始めた。CAも見て見ぬふりをして何も注意する気配がない。
オット思ったが、日本人には考えられないマナーに目を丸くした。写真を撮りたかったがシャッター音で気が付かれたら『何を言われるか恐ろしかったので』断念する。
そうこうするうち、無事に台北に着陸する。逆噴射で滑走路を走りだした頃、一斉にシートベルトをはずす音が機内に響く。席を立って荷物を取り出そうとするお客さんに対して、乗務員が待っていましたとばかりに『座ってください!』と大きな声で叫ぶ。その声を無視する方もいて乗務員が『デンイシャ!』と言って駆け寄る。思わず後部の通路を眺めたのだった。
日本の航空会社では経験できないことを見せつけられ***人の観光客に驚きを隠せなかった。
国立屏東大学でのスピーチを前に、台北に降り立ったついでにわが子たちに会うことにしている。H24年から始めたワーキングホリデーを利用して台湾から33名の若者たちが村瀬ファームを巣立っていった。ちなみに香港7名、中国10名、豪州1名、マレーシア1名、ドイツ1名そして日本人は19名となった。
台湾の若者たちは有機農業を実践している者や日系企業や昔の職場に復帰した者など千差万別である。台北市の近辺から参加する若者が多く、必ず台北で1泊することにしている。旅行バックには詰めるだけ日本のお菓子類を買い込んで持参してきた。
秘密ですが村瀬ファームの特産品『山わさび』を試験栽培用に2キロほど持参する。税関では見事に見破られ開封された。生物で土も立派に付着して、どう考えても『NO!』であり山わさびの匂いが開封と同時に漂い始めた。税関の方何も見なかったように『どうぞ進んで!』とお咎め無しである。動揺しないように軽く笑顔でいたのが良かったのかなあ? 所詮我輩の笑顔くらいでは誤魔化しは効果ないと思うが・・・。ブラックリストには注意せよと記載されたかもしれない。
台北のムンムンする暑さと冷や汗をかいたが、空港まで迎えに来てくれた4人に『遅れてごめん』と言って皆が待つ居酒屋に向かった。遠くは南の屏東からも集まってくれ総勢17名にもなった。年々人数が増えていくので来年は店を貸し切りにしないといけないかもしれない。今回は台湾にいる方とほとんど会えることができ感無量であった。
昨年から屏東大学とのインターンシップで来た学生は3人とも日本企業に入社して、台湾支社で活躍していた。一人は北海道にある企業であった。
来年北海道へ来る約束をしたメンバーも数名おり歓待する予定である。ほとんどが20歳代なので結婚する予定のメンバーは少ないがいずれ結婚式には参加するつもりである。
台湾では一般的に会食では酒類は飲まなく、2次会にも行かない。だが彼らは日本での生活で習得した2次会に繰り出すことになった。今年の5月まで1年間農場にいた、屏東出身のJ/Jの妹の彼氏が経営している日本式居酒屋で2次会となった。台湾から二人目の参加者であるインさんの彼との熱々の交際経過を聞きながら日本酒を味わった。
よつ葉乳業十勝主幹工場の原料を使用している屏東市内にある7ーイレブンに再び行く。昨年は薄味で今ひとつだったが、今年はどうなったか食べてみた。
今年のインターンシップで来てくれた屏東大学大学生3人と食べてみる。まず35元(約130円)のミルク味を注文する。台湾は現在冬なのであまり売れてないようだが、北海道の人間にとっては気温が27度もあるので、立派な夏の感覚。相変わらずこれでもかとコーンから落ちそうになるくらいソフトを盛ってくれる。彼ら3人に『台湾へ帰ってから食べてみたかい?』と聞くと、『値段が高いから食べてない』と言う。日本円にしておおよそ130円なのだが・・・・。倹約家が多いのには関心する。
大事そうに食べる彼らを尻目に、分析を始める。昨年と比較して『味が濃厚になった』かなり北海道の味に近づいてきた。うんこれなら美味しい。ライバル会社のファミリー***には圧勝である。
こちらはそのファミリーマート。価格は同じ35元だが添加物が多い味がする。中央のARIは一昨年のインターンシップで来ていた。昨年大学を卒業して日本企業に就職し、台湾支店に勤務している。北海道が本社の企業で農場から車で2時間ほどの距離にある近さなので驚いたのであった。
愛知県まで来たので、京都まで足を伸ばした。今年働きに来てくれていた台湾出身の京都大学に入学した温と、ゲストハウスで働いているミッシェル、次男の嫁のお父さんと京都の居酒屋で会った。お父さんとは約3年ぶりに会っていろいろ楽しい話をする。ミッシェルは京都に来て約1ヶ月で3キロ痩せたそうだ。自炊をしていて『ろくなもの』を食べていないようで、北海道の豊富な農場の食材をなつがしがっていた。温も同じ1ヶ月で1キロほど痩せたそうだ。
来年、農場に来る予定の陳さんは仕事の都合で会えず、それぞれ温とミッシェルの妹が来年来ることを約束した。
京都駅から新幹線に乗車して名古屋で降車し、名鉄で中部国際空港に向かう駅にてこんな注意喚起するものがあった。さすがカントリーボーイは興味津々に眺める。ついつい『ハイ!両方辞めます』と誓ったが、『仕事辞めたらアカンなあ?』と考え直したのだった。
午後1時半頃に知床五湖に到着して散策を始める。地上遊歩道(入場料250円?)は先日の台風の影響で倒木等があり、五湖のうち三湖まで閉鎖されていた。二湖で記念撮影。
雲ひとつない秋晴れのなか、遠くに知床連山を望み一湖の前で記念撮影する。最高気温20度Cを超え、寒さ対策で着込んだものを脱がなければならなかった。
説明はいらないかもしれないが・・・・。宿泊先のクリオネキャンプ場に向かった頃には日が沈みかけ、ムードは最高潮になる。モデルは村瀬ファームの従業員ですよ!この場限りなのか本物なのか、さてどちらでしょう。秘密です。 No3につづく。
大雪国立公園内にある高原温泉に出かけた。温泉周辺7キロを散策できるコースで、軽く登山も楽しめる。はじめて訪れたが素晴らしい眺めと、たくさんの沼が存在しており、紅葉とともに変化に富んだ登山を楽しめる。ここは毎年来ることにしよう。断然気に入ってしまったがシャトルバスが1000円かかるのが気になる・・・。
ムラセファーム体験ツアーの一つ『Air Trip』を然別湖ネイチャーセンターで行う。5つのテーマを持った5つのワイヤーの長さが違う場所で5回楽しめる。それぞれ鹿追の森に住んでいる動物、植物を学習しながら順次2時間にわたって体験できるメニューが用意されている。ある時はトンボになり、ある時は獲物を狙うエゾシマフクロウになり、ある時は次世代に子孫を残す樹木の種子となる。
森のなかには動物たちが餌とするクルミ、やまぶどう、コクワ、またたびなどが実り、猛禽類の餌となる鼠などの小動物が生息する。然別湖周辺には2羽のエゾシマフクロウが生息しているのが確認されているそうだ。我々は自然の森のなかに断りもなく遊ばさせてもらっているのだと感じた。
帰り際、えぞ鹿の見送りを受ける。芝生跡(旧鹿追自然ランド)の牧草を無心に食む姿に、台湾の学生は喜んで近づくが、やはり野生のエゾシカなので一定の距離を維持しなければ逃げてしまう。
毎年恒例となっている隣町にあるTOMアウトドアメッツにてラフティングをする。今年の十勝川は程々の水量で楽しめる。1回目は慣らし運転で3キロを下る。2回目は更に上流に2キロ上り5キロを思う存分ラフティングの醍醐味を味わうことができた。総延長8キロのラフティングを楽しめるのはここだけのようだ。
ラフティングのあとは近くのくったり温泉でちょっと冷えた身体を温めて、居酒屋「初音」で辛味噌ラーメンとカラオケを楽しむ。
香港の新しい旅雑誌『東京旅遊』の取材を受ける。一昨年、香港の旅雑誌『飲食男女』に当ファームが紹介していただいたが、その時のレポーターT(蕾)さんが再び来てくれた。
11月に香港と台湾で『北海道特集』を出版するそうで、ちゃっかり村瀬ファームのコテージを宣伝してもらえることになった。
まだ海外からのお客さんが来ていないので雑誌の宣伝力に期待を込めている。
初めてマレーシアから国立大生が体験に来た。村瀬ファームを紹介した新聞記事を見て応募してきたそうだ。一昨年、香港の旅雑誌『飲食男女』の記事がマレーシアの新聞で紹介されてたようだ。
積丹の海は透明度抜群のきれいな海岸が続く。北海道にもこんな海があるとは驚きである。
この澄んだ海は年々漁獲量が減っているそうだ。名物うに丼のホープ『バフンウニ』、イカ、ホッケ、鮑など。宿泊した民宿では漁師を兼ねていて、イカの操業にいってもあまりとれないそだ。民宿の女将さんが昔を懐かしむように詳しく教えてくれた。
30年前頃、私のかみさんが留萌管内の出身だったので、帰省したお盆三が日は海に潜って(一般の方は犯罪になります)バフンウニを山ほどGetした記憶がよみがえる。三日三晩うに丼を食べ一年間分の海の幸を味わった。もうウニを見るのは勘弁して欲しいと思うくらい食べれた。もうそんな時代は暫くこないのかもしれない。
以前、鹿追に在籍していたTさんにお世話になり、これでもかというくらいのウニを食べさせてもらった。ありがとうございました。
雨の予報だったがトマムの雲海に挑戦する。朝3時半に起床して天気を確認したところ雲海を見れる確率20%と昨日と変化がない。本州から従業員のお母さんが来ていたので見れなくても作戦を強行することになった。
農場は全休にして朝4時過ぎに出発。パラパラと小雨が降るなかトマムに到着すると青空がちらほら見える。ン〜これはいけるかもと期待をふくらませる。がしかし雲海テラスは濃い霧のなか。午前4時頃には雲海状態でしたが、その後は出現しなかったそうである。職員の方が教えてくれる。『今日はダレも見えてませんね・・』今年の雲海は5日に1回程度しか現れないそうで、ほとんどの方は見れないで帰るようです。私もまだ一度も見たことがない。1回1900円と高価なので確率が高い日に挑戦したいものである。
その点富良野のラベンダーは見頃となっている。ラベンダーは半分ほどが花を咲かせている。雨でも見ることができる。
青い池、道の駅など周遊して煮込みジンギスカンを『たらふくほうばって』帰宅した。車の運転は3人で交代でする。運転者以外は皆熟睡状態。前日は午前1時頃まで宴会をしていたのでみな2〜3時間程度しか睡眠時間が取れなかった。危ない危ない。
8年前に3ヶ月の突貫工事でログビルダーのSさんと建てたログハウスを使用する。写真は建設当時の写真。丸太材が手に入らず、やむなく高価な道産杉材を使用している。
その後7年間従業員宿舎として利用していたが、経営形態が変化して従業員が減少したのでファームインとして有効活用することにした。
ダスキンでピカピカに磨いてもらい6月10日にオープンの運びとなった。
農家民宿では慣れないこともあり皆さんにご迷惑をかけるかもしれませんがご利用をお待ちしております。
なを、村瀬ファーム、農家民宿のご利用申し込みはホームページよりできますのでどうぞよろしくお願いします。Facebookでも公開していますのでシェア&いいねをお願いします。
好天に恵まれたものの風速20m前後の強風のなか登山を敢行する。地元鹿追町にある然別湖を見下ろす天望山へ初めて登る。
私は休み休み後ろからゆっくり遅れて登る。とても若い従業員についていくのはしんどい。片道1時間半をかけて頂上へ到着、風で吹き飛ばされそうになりながらおにぎりを頬張る。頂上から見る外界は乾燥した畑の土が飛び交い砂塵が舞い、凄まじい光景だ。
帰りの道中、大物のアオダイショウにバッタリお目にかかる。何を食べてこんな大物になったのか、考えながら歩く。ナキウサギを餌にしているのだろうかと思い、岩の隙間を覗くがやたらと穴の数が多い。
今日は然別湖湖水開きを記念して、観光遊覧船、豚汁、温泉入浴が無料でサービスされたのでゆっくりと湯に浸かってきた。登山で我輩の膝は笑っているが、顔の表情も笑っていた。
3年目になる東大雪アウトドアフェスタin札幌ファクトリーに参加してきた。2日間に渡り好天に恵まれ客足も好調に推移した。
『雪室熟成キタアカリ』の越冬じゃがいもが定着してきたのか、お客さんが途切れることもなく用意した**トンのじゃがいもは完売できた。今年より販売開始した『山わさび』を試験販売したが早くに完売する。
『昨年じゃがいもを購入して美味しかったので、今年楽しみにしていました。』
『本当に甘くて美味しいですね!』
『昨日買ったじゃがいも美味しいのでまた買いに来ましたよ!』
このようにお客さんの声を身近に聞いて励みになった。一年に一度、札幌ファクトリーでお会いする方々にも激励の言葉をいただき、うれしい限りでした。
1日目の販売会終了後はファクトリー内にある札幌ビール園にて慰労会を開催。札幌ファクトリーは札幌ビール発祥の地でクラシックを飲み放題、ジンギスカン食べ放題で楽しく騒ぐ。売上の金庫を持参で夜もふけた。若者たちはこれに満足せず『ススキノの繁華街』に繰り出して行った。
富良野グループによる全国ツアー、最終公演が十勝・幕別町でまもなく午後7時から開演される。主演の一人Mさんは中学生の頃、山村留学生として鹿追に住んでいたことがあった。またお父さんは離農跡地を購入して我がファームの隣に住んでいました。
そんな関係でMさんが飼っていた愛犬『熊』を譲り受け、年をとったが農場で元気に過ごしています。Mさんも時々会いに来てくれてるので、今日は応援も込めてカミさんと二人で観に行くことになった。今から楽しみにしている。
冬を満喫。今回のシリーズは涙のリクエストがあった「層雲峡氷爆まつり」へ行く。私以外は初めての見物。昼間に到着したため、綺麗にライトアップされるまで温泉に浸かることにした。
国道沿いのホテルで入浴料金 を聞く。『いくらで温泉入れます?』『一人1000円ですが、高いですか?』『ハイ!他を探します。700円では入れる***ホテルは何処でしょうか?』ホテルマンの方が親切に教えてくれた。国道から1キロほど奥に入るが300円も安いので利用させてもらう。
1mほど高さのある檜の湯船に浸かりゆっくり温泉を満喫していた。目をつぶっていたら40歳前後の女性二人が入ってきた。私たちの貸切状態だったが、その女性は湯船に手を入れて湯加減を確かめ、おもむろに棒状なものを取り出し湯船の中に入れた。その行為をすぐとなりでするのである。
『36・7度、平熱です!』と言って去っていった。温泉の点検に来たようですが、変な想像していませんでしたか? 裸で入ってきたとは言っていませんよ。ちゃんと制服を着ていましたが彼女たちの態度が堂々としていて仕事慣れしていると感じた瞬間でした。
鹿追町にある(地元です)Musing worksにて予約が取れない状態でしたが、滝田代表に無理に頼んで受けてもらう。香港のサンディが帰るので急いでお願いする。
鹿追町ではアウトドアーが盛り沢山に体験ができる。私も初めて犬ぞりを見たが、半日コースならタップリとソリ体験を楽しむことができる。
今年から北海道ツーリズム協会にてログハウスのコテージを開放して、観光客に宿泊をしてもらう計画です。と言うのも、従業員を半分程度に減らすため現在12名ほどの宿泊可能な施設のうち、空いている部屋を観光客向けに開放して少しでも収入を増やしていく予定である。ついでに犬ぞりでもやりますか・・・。と家族に伝えたらコテージは賛成してくれたが、犬ぞりは『冷たい視線を感じつつ、生き物を飼育するのは大変よ!』と一蹴されたのだった。
これ以上だはんすると『あんた一人で飼えば!』と言われそうだったので、苦笑いを浮かべ泣き寝入りした。
ついに生まれて初めて北海道遺産タウシュベツ橋梁を間近で見物することができた。上士幌町観光協会のNさんにそっとミニ知識を教えこまれ、いざ出陣となった。
糠平湖温泉郷を数キロ過ぎて五の沢?に駐車する。50張り(テントは張りと数える)ほどあるワカサギ釣りのテントを横目に、ただひたすらに凍った湖上を歩くこと40分。ついに橋梁が前方に見えてくる。朽ち果てようとしているコンクリートが痛々しい。これが周りの風景とマッチして時代を感じさせる。水位が下がりほぼ全景が見え、現在が冬一番の見頃となっている。3月になると「しばれ」も緩み湖上を散策するのには危険が伴うため。
いっその事、ラミネート加工して永久に保存してはどうかな?
先に来ていた老夫婦が『反対側に回って、橋梁の間から見えるニペソツ山は綺麗ですよ!』と教えてくれたのでさっそく写真を撮ってみたのがこれです。
その老夫婦は何回も来ているようで仲良く昼食をとっていた。(iPhone 5で撮影)
音更町十勝川温泉のイベント『彩凛華』に行ってきた。7時開場のため時間があったので温泉に日帰り入浴することにした。大平原ホテルのとなりにある温泉に入る。入浴券を買おうとしたら『大人一人1000円』ではないですか。高いからやめようかと相談していると、『女性風呂には大きなウオータースライダーありますよ!』とフロントのおばさんに勧誘され、ついつい1000円払い入場した。
女性陣の話ではとても怖くて面白かったそうだ。なら男は少し安くてもいいのでは?と思ったが・・・・。美人の湯だから高いんじゃない? 肌がツルツルになった感触であった。
まあ、彩凛華が綺麗だったので水に流しましょう。展望台では『ぴょうらん!』があちこちで飛び交う。中国語で綺麗の意味。相変わらず外国の方が多く見物していた。
今思い出したが。38年前頃にその大きなウオータースライダーで遊んだ記憶が蘇る。確か混浴でおばさんたちと順番にスベったような。そのウオータースライダーは取り替えられただろうが。錆びていたら『痛い!』では済まされないだろう。フルチンで恥じらいもなくおばさん達に笑われていたことを思い出す。女性陣たちはどのようにしてスベったのか聞きたかったが恥ずかしく?て聞けなかった。残念至極。
34回目の然別湖コタンがいよいよ始まった。町内外の関係者約100名以上が開村式のセレモニーに参加した。村長による恒例となった赤褌での開村宣言で始まる。
氷をふんだんに使ったアイスバーでは十勝ワインが振る舞わられる。本格的なオープンを明日に控えて今日はプレオープン。氷のグラスで飲むカクテルは格別な味わいがする。
今年のアイスバーは更にグレードアップして幻想的な世界を演出していた。
セレモニー終了後はボランティアスタッフと然別湖ネイチャーセンター合同の宴会に出席する。台湾、香港から11名のボランティアが来ており、一昨年来ていたYuriの妹も参加していて記念撮影をする。
Yuriの妹なのでそっくりであった。
ジンギスカン3キロと行者ニンニク1.2キロを差し入れとして持参する。
台北駅から徒歩5分のところにバイク専用の駐輪場がある。異国情緒豊かでしばし見とれていた。
駐車場と同じで駐車料金を払う。1時間で10元(30円)、一日50元(150円)。
昨日は台北近郊在住の面々と会食したあと、駐輪場の隣にあるホテルに案内され1泊した。駅にも近く荷物をぶら下げて歩くのも苦にならない。しかし、12月だというのに朝8時で25度Cの気温には参る。昨日は最高気温31度Cと、北海道の人間ならばなんとも表現のしずらい、湿気と熱気が襲いかかる。
よく考えてみると、震えが止まらない寒〜い本州の家のなかや、中国大陸の田舎と比較すると、冬の台湾は過ごしやすいかもしれない。夏の暑さは無理だが冬の台湾は我々の年代にとって最高の場所である。治安も良いので安全かつ、日本人に優しく接っしてくれるのがうれしい。
とじわ〜っと押し寄せる台湾の熱気に後押しされ駅構内に逃げ込んだ。新幹線の乗り場を探すのも楽しいものだ。
私の趣味は野球、ソフトボール、将棋、麻雀である。この4つに共通するのが戦略を駆使すること。当然に体力、気力、技術力、運などが付随してくるが。
私が所属している帯広市のソフトボールチームは、それぞれ40歳、50歳、60歳、65歳以上で構成されている。道内では強豪のチームで、毎年のように国体、ねんりんピックや全国大会に出場している。
10年ほど前まで、道民スポーツという各市町村から代表が集結して十勝大会が開かれていた。出場資格は住民票が置かれている市町村で出場しなければならない。帯広市(人口17万人)から我々のチームが出場することになり、私は鹿追町(人口5700人)から出場してソフトボールで対戦することになった。
帯広のチームは毎週1回練習をしており、全国大会にも出場して試合慣れしている。方や鹿追町は40歳以上の農家のおじさん主体で練習などしておらず、道民スポーツ大会のために集合した『烏合の衆』であった。だが最善を尽くせば勝てないことはないと考え、戦略、策略を駆使することになる。どう考えても勝てる相手ではないが、一泡吹かせてみたくなった。
話は変わるが、今年のNHK大河ドラマは戦国武将『真田幸村』を放送するそうだが。数ある戦国武将の中で一番好きなのが「真田幸村」である。何故かと言うと、天下人である『徳川家康』を2度戦をして2度とも勝っている武将は「真田幸村』以外いないと思う。押し寄せる10倍以上の徳川軍に対して、智将の名をほしいまま謀略戦術を駆使して勝ち戦に導く。『小勢をもって大勢を打ち破る』そこに指導者としての魅力を感じる。その戦術は?
1)十分な情報を得て、敵勢力の弱点を探して付け入る隙を突く。
2)長期的な展望に立ち、考えうる限りの奇策、策略を実行する。
帯広チームの弱点は我らも同じ条件だが、女性を3人出場させなければならず、合同で練習は一度もしていなかったと思う。もうそこを的確に突くしかなかった。あとは『コールド勝ちだけは勘弁して!』と褒め殺しや油断をさせて集中力を散漫にする作戦であった。
鹿追チームは速球派の女性投手で練習させてもらい、たった3度の練習である程度速球に慣れるようにした。守りはセンターラインを固めて何とか勝負できる体制にした。
あと勝つためには、先行後攻を決定するジャンケンに勝って表の攻撃を取り、我らエースの速球に食らいついて、女子が守るセカンド、ライト、ファーストの右方面に強い当たりを飛ばす作戦であった。先制攻撃で大量点を奪い、敵の焦りを誘って逃げ切るしか勝つ方法はないと考えていた。
この作戦が図星に当たる。1回と2回で大量10点を奪う。農家のおじさん方は手はず通り、狼煙が上がった右方面に振り遅れだが農作業で鍛えた太い腕っぷしで強い当たりを飛ばし、相手守備陣を撹乱する。早いとはいえない足で無茶な走塁でも撹乱する。『今日は勝てるぞ!』と青色吐息で守備につくチームメイトを鼓舞しながら試合が進行する。普段は全く練習などしていないのだ。打力で遥かに勝る国体出場経験のある帯広チームは少しずつ点を取り、最終回まで9点を取って1点差まで詰め寄ってきた。しかし、最後は運も味方にして何とか逃げ切ることに成功した。
まさに『小が大を負かす』真田幸村の戦法にあやかった瞬間であった。戦国武将と将棋の世界はいくら国力、戦力に差があっても王将と大将が討ち取られると、勝負アリとなる。
1615年大阪夏の陣において豊臣家滅亡、真田幸村の死によって戦国時代の終焉となった。『真田幸村日本一の兵、いにしえよりの物語にもこれなき由 、悠別これのみ申すことにそうろう』。と、後世に伝えられている。
『真田日本一の兵!』
台湾南部に位置する高雄市にある三越デパートで、日本物産展が開催されているので覗いてみた。
日本全国各地の特産品などを販売していて興味深く見ていたところ何処からともなく『村瀬さ〜〜ん!』と黄色い声がするので、そちらを振り向くと、昨年然別湖コタンにボランティアとして参加していたAさんではないですか。ひょんなところでお会いした。
星野リゾートでアルバイト?『ええっ、そうです。私、隣の屏東市が実家なんです』『えっそうなの!』
私はこれからその屏東市に3日間滞在するんですよ。と伝えた。『Hiroから聞いてますよ!』 おっと、もう知っているではないですか。と流暢?な中国語で会話する。
何処に知り合いがいるかはわかりません。驚いた日になりました。
台湾の公衆トイレに入ると、男子用便器の位置が高くて使用しづらい時がある。写真の高さだと私でギリギリ(便器には接触は避けたいので)だが。子供だと明らかに上に向かって放出するか、一物を便器に乗せてしないとできそうにない。私より足の短い方はたくさんいる台湾の方々は不便に感じないだろうか?写真の便器はまだ低い方の位置なのだ。背伸びをする方も居るようですが・・・。
便器が高い位置にある理由がひとつ聞けた。取り付けの位置が低いと離れて用をたす方が多いそうである。よってトイレが汚れ臭くなるため位置が高いそうだ。なるほどと関心した。
台中のスーパーにティンとともに入店する。玄関先でJA本別町が台湾に向けて10㌧の大豆を初めて輸出することが放送されていた。
と思いきや、NHKの録画をエンドレスで放送している。ここのスーパーはセブン-イレブンと深い関わりがあり、台湾1部上場の企業である。最近、食品の小売業に事業を拡大して店舗を構えている。チラシを見ると日本各県の物産展を常時開催し、無添加、天然、を全面に出して日本の商品を販売している。
特に北海道産大豆から製品化された商品がズラリと並ぶ。値段は高価だがお客さんの多さに驚く。10㌧の本別産大豆が台湾でこのように消費されている。さすがJA本別町です。台湾のセブン-イレブンが本腰を入れれば更に本別の大豆が消費されるでしょう。羨ましい。
利益は少ないだろうが、豆どころ本別町の豆の美味しさと安全性が定着すれば良いではないか。2200万の台湾人に支持を受けるよう祈りたい。
昨夜、台北支店と別れを告げ台中に向かって新幹線に乗ることになった。大の大人が乗るので大丈夫だよと、心配する従業員に向かって言ったのだった。
台北からは台中への便しかないので寝過ごさない限り大きな間違いは起きない。
ホテルから台北駅までは徒歩10分位のところにあり、日曜の朝とあって交通量は少ない。台北駅で朝食をとることにした。あさ8時なのに気温はすでに25度と蒸し暑く、駅の構内に逃げ込む。
Mcd、モスバーガーは長蛇の列で並ぶ気がしないので、他を探す。空いているセブン-イレブンで日本式&台湾式のおでんと日本直輸入と明記している明太子おにぎりを購入する。日本式はあっさり出汁で台湾式はピリ辛の出汁。まずまずの味だ。しかし、明太子おにぎりは明太子がわずかばかり入っている程度で遠慮したい味だ。
新幹線の発車時刻まで余裕があるので乗り場を確認後、椅子に座って前記の朝食をとる。行き交う台湾の人々を観察する。全く日本人に巡りあうことがないのは不思議だ。大きな荷物を抱えて移動している日本人は我一人。通り過ぎる人種を判別するが、だんだん区別がつかなくなってきた。家族連れ、恋人のカップルなど得意の妄想で、彼らの歩んできた人生を瞬時にして読む。
台北から台中まで756元(約2300円)と安い。都市間バスだと260元(約800円)と新幹線より3割程度の料金で行くことができる。
そろそろ30分前になったのでプラットホームに降りる。1番と2番の乗り場があり、とりあえず1番に行ってみる。30分前だと誰も待っている乗客がいないので、駅員にチケットを見せてここで良いか訪ねる。そうすると駅員に引っ張られ隣の2番乗り場に行くことをすすめられる。エレベーターに一緒に乗ってくれて、2番にいる女性駅員さんにバトンタッチする。
すると彼女、早口の中国語で説明するので『不明白!』(分からない)と言うと黙りこんでしまった。どう見ても吾輩は中国人には見えないはずだが・・・。日本人だと理解したのかジェスチャーでこちらから乗りますよと案内された。ニコッと笑って『謝謝!』と言って軽く礼をした。
かくして新幹線の初乗りは無事に台中に向けて乗車することができたのだった。まる。
学生3人と屏東市美術館、、公園、セブン-イレブンのよつ葉乳業のソフトクリームを食べながら散策した。
予約しているレストランが午後6時半と1時間ほど余裕ができる。どこ行こうかと? と悩んでいたら。TV番組でもあったような『突然お宅訪問!』をしたいとおねだりした。『いいじゃないの?』彼女たち曰く、『ダメよ、ダメダメ!』と頑なに拒否される。理由は『汚くて、お父さんには見せられないから・・・』 『じゃあ、片付ける間待っているから行こう!』ということになって随時回ることになった。
まずはカメの部屋、約5分の待ち時間後入室許可が出る。6畳ほどの部屋にバス、トイレが付いて家賃4000元(約12000円)と3人の中では一番高くダブルベットもありゆったり生活できる構造になっている。アルバイトはモスバーガーで朝6時から8時間位で、1100元〜1200元(約3300円〜3600円)だそうだ。おおよそ日本と同じレベルである。約10ヶ月の兵役で頑張っている彼の写真がたくさん壁に張っている。兵役の期間でもある程度自由に会うことができるらしい。交際に支障がないとのこと。
日本では考えられないことが普通に実施されている。身近に仮想敵国があるからこそ強制されてしまうので仕方がないか。隣国と危険な状態になったら日本へどうぞ来たら。と、ある男性に言ったことがあるが、そのときは迷うこと無く台湾を守りますと、愛国心に満ちた言葉が返ってきたことがある。さすがです。
学生3人とも待ち時間を作って見させてもらったが部屋は綺麗でした。アリの部屋の家賃は3000元、メイの部屋の家賃は2000元と部屋の大きさとフロアーの階段数に比例して家賃が設定されていた。メイの家賃は格安だが、4階なのと部屋の大きさが2畳ほどだがバストイレ付きなので安いと思う。4階だと蒸し暑く感じたが夜間は冷え込むので、意外と涼しいとのこと。極力エアコンは使用しないようだ。
屏東市のホテルロビーにてバッグのなかを見ていた。バッグを床に置いたところ不覚にも訳の分からない大きい虫がなかに入った。
驚いてフロントの女性に変な虫が入ったから取ってくれる?とバッグを渡した。そうするとバッグから素早い動きでその虫が逃げたではないか。フロントの女性二人が『きゃー』と叫んで大騒ぎになった。
バッグを戻してもらい付近を見渡す。玄関ドアーの付近に茶色の大きな虫がウヨウヨといるではないか。これがゴキブリか?日本のゴキブリ(見たことが無い)は黒くて時々飛ぶと聞いていたが、台湾のゴキブリは茶色で羽がついている。
これはまさしく「ゴキブリだ!』ついに生まれて初めてゴキブリに巡り会えた。しばし見とれたのだった。北海道では見ることができないので、ゴキブリを見ないで死ぬ北海道民が多いなか、ラッキーにも外国で初めて見ることができた。と喜んでいると、フロントの女性陣に飽きられてしまった。
念願だったよつ葉乳業(十勝主幹工場製)のソフトクリームを台湾でゲットする。台湾では絶大な支持を受けているソフトクリームの味を堪能してみた。
感想は、『薄い!これが人気?』明らかに何かで薄めているのは確かだ。白いのはミルク味で35元、約100円と安い。まあ100円だから仕方ないか・・・。
一方新しく販売されたキャラメル味は45元で10元高く、キャラメル味と甘さで薄かった味を隠している。こちらもヒット商品である。
北海道のソフトクリームを知っている人は物足りない感触になるだろう。インターンシップを終えた3人も、やはり北海道が最高に美味しいと言っている。
現在は冬なので売上は落ちていると思うが、夏場はかなりに売上に貢献していることでしょう。よつ葉乳業十勝主幹工場もソフトクリーム原料工場を増設して対応する。
ここ台湾で、地元十勝産の牛乳を原料にしたソフトクリームが確たる支持を受けたのだから、偽物は?いやこれは失礼。本物の味を台湾でも味わいたいものだ。
彼女たちが好きなのはキャラメル味、私はミルク味、セブン-イレブンが提供しているがどこでもというわけではない。台湾ではセブン-イレブンについで多いコンビニがファミリーマートなので、こちらも試食してみたかったが・・・次回にしてみましょう。こちらも日本産の原料を使用している。聞く人によってはファミリーマートのほうが美味しいという話だ。よつ葉さんしっかりしてくださいよ。
台湾で初めてバイクの後ろに乗ることになった。何処に移動するにも台湾ではバイクは無くてはならないものだ。彼女たちがバイクに乗れることを台湾に来るまで知らなかった。(1回ぐらいは聞いてはいたのだろうが・・・)
写真のメイは大学に来てバイクを新車で購入したそうだ。およそ4万元、日本円で12万円と乗用車やバイクの値段は日本と大差はない。乗用車は日本製や外国製がが圧巻しているが、バイクに至っては台湾製ばかりが目につく。ヤマハ、ホンダに乗っている台湾人はわずかばかりの人たちである。日本にも輸出されているので、今度は買ってみることにしましょうか。
インターンシップで農場体験してくれた国立屏東大学生の三人と、屏東市内を散策することになった。メイとカメのバイクに二人づつ便乗して軽快に走り回った。ここ屏東市は台湾南部に位置し夜間でも22度位と暖かいので、バイクの後ろに乗るのはすこぶる気分が良い。
速度計を見ていると50キロをオーバーしてビュンビュン飛ばす。怖くなって思わず往復ビンタを覚悟しながら彼女のお腹に手を回す。『ぴったりしがみついているのはカップルぐらいですよ!』と言われたが、高校生の時にバイク事故で死ぬ一歩手前までいったことがあるので手は離さなかった。
彼女らの運転と台湾の人々の運転を垣間見ると、日本人では慣れるまで非常に危険な乗り物であることが理解できる。停車している車の間の割り込みや追い越し等は頻繁に行われ、見ていて「うまいもんだな〜、なれているなあ〜」と感心するばかり。バイクの事故で亡くなる方が多いそうだが、この交通事情を見ると納得せざるを得ない。
2日後、交通事故を目の前で目撃すことになるとはこの時点で予想だにしなかった。
2日後の朝、台中市にて朝食前にホテルの付近を散歩する。近くに国立小学校があって、日本で言う緑のおばさんが交差点に立って横断する子供たちを誘導している。
と、次の瞬間、交差点の中央でガシャ〜ンとバイク同士が出会い頭に衝突、写真のナンバーがフェンダーごと我に向かって一直線に飛んできた。このままではぶつかると思い車の陰に逃げ込むが、目の前でその物体が失速して落ちた。危なかった〜と驚いていたところ、衝突した2台のバイクは、接触した程度なので何事もなかったように走り去っていった。
唖然としてナンバーを持っていたところ、緑のおばさんがにこやかに私に任せなさいと言わんばかりに持ち去っていった。
今回は7割ほどが仕事中心の旅となる。昨年の台北は寒くて震え上がったが・・・。
ー3度Cの世界から真夏の世界へ飛び込む。着ていた冬物のベストや下着をトイレで着替える。台北国際機場の出口に来たところなんとも言えない湿気と熱気が伝わる。
一週間の予報では、明日からぐっと冷え込むが、その時は南部の暖かい高雄市に隣接する屏東市に3日間滞在する。
空港には今年の4月まで在日していたティンとアン夫妻(まだ入籍していないが・・・)が迎えに来てくれる。すぐに高速に乗って皆が待っている居酒屋に直行する。
皆とは一年ぶりの再会。まず台湾に来ると台北支店の彼らと食事会である。先月まで農場に在籍した面々もいるが、異国での再会なので新鮮味はある。
これから台中〜高雄市〜屏東市と新幹線で一人旅である。何とか乗れるでしょう・・・と思ったが。
かねてから計画中だった従業員住宅のログハウスを改造している。(5年前にログビルダーと二人で、3ヶ月を要して18坪のログハウスを完成させた)2011,5月参照
約10畳あったロフトをあと6畳増やすことにした。予算は5〜6万円。すべて手作りなので工賃は無料。残っている従業員に手伝ってもらい4・5日ほどで完成予定である。
設計図は落書き程度で済ませ、資材をおおまかに計算して資材店に引き取りに行く。これが一番安く出来る方法である。
予算は6万円弱でしたが4万円弱で完成する。ロフト面積は10畳プラス6畳と16畳になり広くなった。
天窓からは夜空に輝く星空を眺めながら寝ることができる。
一日目は幻想の裏摩周湖を展望する。霧がかかっていないと婚期が遅れると心配している面々は多かった。ちなみに私(父さん)は一度も霧の摩周湖を見た経験がない。社員旅行も3年目になるが晴れ渡った日ばかり。表の展望台より迫力には欠けるが駐車料金がかからないのと、神の子池に近いのでたまにはこのコースを選定するのも良い。
宿泊は3年連続でクリオネキャンプ場のコテージ2棟を借りる。おおよそ一人1000円で天然温泉入り放題。いびき(無料)かき放題でお得です。夕食は斜里のスーパーで海産物を仕入れて、海鮮鍋と新鮮な焼きホッケを楽しく、美味しく頂く。茨城から参加の優も帰る寸前に皆とお供ができた(ペットではないです)。
今の時期、最低気温は2〜3度位まで冷え込み、コテージでは少々寒ったがだれも風を引いてないようだ。
今年は、鹿追町商工会にいたTさんが寿都町に転勤になったので、新規就農した様似町のM夫妻に謁見しながら行く計画だったが・・・。多数決で僅かの差で寿都は来年に持ち越しとなった。楽しみは後にとっておきましょう。来年はTさんは結婚しているかもしれない。「だろう」と表現するよりも「かもしれない」の方がより鮮明な表現かな?期待を十分に込めよう。
今年のルートはいつもと違うコースを走る。阿寒湖ー裏摩周湖展望台ー神の子池ークリオネキャンプ場で一泊。
2日目は、知床ー網走刑務所と回る。知床では知床五湖が冬季閉鎖で行けず残念。一昨年「ヒグマ」を目撃した場所に行くがこれも残念ながら見れず。しかし、お昼は知床海鮮ラーメン、鮭イクラ丼など美味しいもの食べれて満足。後はゆっくり時間を取って網走刑務所を散策した。
昨日の朝はめっきり冷え込み0度近くまで気温が下がった。かぼちゃの葉がしおれています。10月の初旬に強い霜が降りると、その後は暖かい日が続き冬の訪れが遅くなることが多いが・・・。今年は冬の到来が早そうな予感がする。11月20日前後に根雪になるかもしれない。予想ですが。
鹿追自然ランドに近接する「福原山荘」の紅葉が見頃となっている。平年より10日早く紅葉が始まっている。
毎年ここを訪れているが、年々観光客が増えてきて、平日なのに駐車場は満杯で人気のスポットの一つである。無料開放されているが一人100円ぐらいの寄付金集めてもいいのではと思う。山荘の維持費に充ててはどうかな。ここに来ると空気も澄んで爽やかな気持ちになることができる。
毎日仕事がんばっていることだし、明日「ラフティング」に行こうか?ということで、十勝川にてラフティングをする。
台風の後で十勝川の水量も十分にあり最高のコンデション。台湾、大阪の大学生のインターンシップも終盤にさしかかり、帰国が目の前に迫っていたので急遽予定を繰り込む。私以外は初めてのラフティングの経験で相当楽しかったようだ。台湾でもラフティングはできるようだが、十勝川のスリルは比較にならないようだ。


雲海テラスに行ったが晴れ渡って雲海は見られなかった。しかし絶景な眺めであった。何処へ行ってもソフトクリームを食べる。帯広ばんえい競馬で乗馬をして遊び感覚で馬券を買ってみる。大穴当たったが100円しか買っていないので配当が少ない。







地元鹿追町の郷土芸能、白蛇姫まつりにてアイヌ民族の舞踊を一緒に踊る。我がファームからも4人が白蛇姫保存会に参加している。定番のファーム冨田で満開のラベンダーを見る。我が家の3株のラベンダーも満開に花が咲いています。なかなか行くチャンスを逃していた美瑛の青い池に初めて行く。
北海道日本ハムの陽岱鋼の出身地である台湾の台東市。プロ野球選手として陽岱鋼は台湾では絶大な人気を誇る。写真の子供たちと一緒の「阿美族」の出身だそうである。
今月は1931年に台湾から出場して甲子園で準優勝した嘉義農林高校(台湾中央部)の実話に基づいて「KANO」という映画が台湾で封切られたそうです。この映画の特色は日本人、台湾人、原住民族の混成チームが力を合わせて甲子園に初出場して準優勝する実話であること。熱血監督が日本人であること。農業について学んでいる高校生であることなど。何か「銀の匙」に共通するような映画である。また野球ブームに火がつきそうな予感もする。
帯農野球部も甲子園に出場して「続・銀の匙」の映画化に繋がれば面白い。さらに陽岱鋼に続く台湾からのプロ野球選手が増えるかもしれない。鹿追高校も野球留学の高校生を考慮してみてはどうかな。将来「甲子園出場」も夢ではなくなるかもしれません。
村瀬ファームは今年度から台湾の国立大と日本の国公立大と産学協同の契約を交わし現役学生を受け入れる予定です。さらにカミさんには怒られるので内緒だが野球留学の話も密かに進行中。帯農か鹿追高校に打診する計画です。めざせ「第二の陽岱鋼!」
鹿追は今、台湾旅行がプチブームとなって知り合いがたくさん台湾へ旅行する機会が増えたようです。観光地、ゴルフ場めぐりなど暖かいので今の時期はゆっくりと安く滞在できます。
然別湖コタンアイスBARにて氷のグラスでハートランドを飲むと、冷たさを感ずるよりもビールの旨さが先に伝わる。ビールの温度よりもグラスやBarの気温(ー10度C位)が低いのでビールが暖かく感じてしまう。100万ドルの価値には程遠いが100ドルの価値はありそうだ。
最近は「くてくう」のオッカケみたいにあちこちで一緒になる。
ここ然別湖コタンにて、地元人気グループ「マイズ」のコンサートにもゲスト出演。ステージに上る前に滑って転んで頭部が取れそうになった。それを見ていた幼児がお猿さんがなかにいると叫んだ。猿なんて入ってないよ!と何事もなかったようにどよめきの中ステージに上る。くてくうの正体が明かされず謎のまま、子供の夢を壊さずに済んだ。
ヒット曲「豚丼」の歌に続いて「くてくう」とともに「頑張れ」を熱唱。超満員の氷のコンサートホールが熱気で包まれた夜となった。
先日、第一回層雲峡氷爆まつり「ゆるキャラピック」の応援として参加した。恥ずかしながら氷爆まつりは初めて見物する。鹿追町からは「くてくう」と「グランディー」がダブルで出場して会場を盛り上げた。グランディーというゆるキャラの存在を忘れていた。
ゆるキャラと言えば簡単明朗なわかりやすいデザインが通常だが。「くてくう」は通常を打破したコリに凝ったゆるキャラだ。地元高校生の公募から選ばれたそうだが、鹿追の特産物を目一杯持ち歩いていて、負担になっているどころか子供たちの興味をそそる。全身で躍動する「くてくう」は子供たちからは絶大な支持を得て人気抜群でした。
話題は変わりますが・・・。会場入口で無料で写真をサービスしていますと看板があり「えっ無料?」いいんですかあ?と我ら御一行が写真を撮ってもらうことにしたが。
あとで写真代請求するのでは? 本当に無料だね!と何回も確かめて撮ったのだった。20mほど歩いて写真を貰う場所に来たところ、1000円です。と言う。さっき無料といったヨ!と言うと誰が写っているかわからない大きさの写真を渡された。有料の写真は欲しくなるような解像度で笑って写っている。あまり逆らうと裏口に連れて行かれそうだったので泣き寝入りすることにした。帯広氷まつりでも同様の業者がやっていたそうだが。「やられた!」と思いながら買ってしまうように持ち込むようなことを、平然と認めている「まつり実行委員会」はいいんかい・・・。でした。
先日24日にボランティアとして(製作スタッフ)参加した然別湖コタンが開村した。関係者100人ほどが開村式のセレモニーに出席する。
コンサートホール、アイスBAR、氷上露天風呂などが完成してご披露された。「ここが私達が制作したところだね!」と雪のブロックを積んだところを指さして感慨深げに喜んでいた3人でした。
開村式のあとはホテルに移って豚しゃぶで一杯。村瀬ファーム産行者にんにくを持参して豚がなくなれば行者にんにくのしゃぶしゃぶとなった。
台湾で最初の驚きはエスカレーターに乗った時に。日本では普通だと思っていた左側に乗っていたところ「お父さん!台湾では右側ですよ!」と言われた。周りを見渡すと皆さん右側に立っていました。左側を歩く人が通るようにしています。
関西出身の若嫁に「関西はどうなんだ?」と聞いたところ、 「はい、大阪は台湾と同じですよ!」同じ日本で関東と関西でなぜ違うのだろう?若嫁の説は、大阪万博あたりから右側に立つようになったとか。どうも腑に落ちなかったのでWikipediaで調べると・・・
美瑛の帰りにどこで夕飯食べたら良いか悩んでいると。冬期間の層雲峡では食事出来る店がほとんど営業していなくラーメン店が1店あるだけだ・・・。
そこでティンから提案があった。私達のホテルのフロントで交渉してみるので車で待っていてと言ってくれた。「私は無理だと思うけど」と感じていたがティンたちにお願いすることにした。しかし、待てどティン達が戻ってこない。辛抱強く最高責任者の支配人さんと交渉してくれたようだ。
しばらくして心配になりフロントに近づくと、「お父さんお風呂にも入れるし夕食のバイキングも食べれるよ!」とティンが嬉しそうに招待してくれた。フロントの方にお礼を言うと、「ティンが仕事がんばっているのでご褒美です」とフロントの方が言った。じ〜んときたが泣くもんか!と思いながら、ティンはここでも全力投球していると感じ有難くご馳走になることにした。
さらに温泉までサービスしてくれゆったりと湯につかることができた。
層雲峡の温泉は結婚前に二人で来たことがあり実に30年ぶりのことだった。ティンとHagiに感謝して吹雪の中無事に家に帰宅したのであった。
村瀬ファームで従業員だったKenが今月から美瑛にある「GOSH」で修行を始めたのでご挨拶に伺った。うちの農場で一年務まった人間はどこに行っても務まります! と自信を持ってマスターに伝えた。
いずれ自分の店を持ちたいという実現できる夢に向かって頑張ってもらいたい。農場では見たことのない緊張した面持ちで仕事をこなしていたのが印象に残る。ピリッとした職場の雰囲気を感ずる。
今月恥ずかしい金額だが賞与払います。頑張れKen!
層雲峡で働いているティンと同僚のHagi(南投市出身)と4人で訪問した。hagiは台湾に帰国してからゴーシュのような店をやってみたい夢があり本人は二度目の訪問になる。台湾に彼が居るので帰国したら結婚しないの?と質問すると、来年帰国すると29歳になるので結婚できません!と言った。なぜ? 台湾では「9」のつく年齢の時は不吉な数字なので結婚する人は殆どいないと。全く知らなかった事項だ。そう言われれば29歳前後でワーホリに応募してくれる台湾人が多いとは思っていたが・・・。そんな理由があったとは初めて理解する。えっNさんの彼女*9歳になるのでは・・・・?
なぜこんな美味しい牛肉麺が日本にないのか・・・。と言おうか身近に食べれる店がないのか!台湾では一番大好きな食べ物だ。また台湾に行くしかない。
ローラ、ユリ、邱の案内で地元台南市にある有名店でご馳走になる。これはうまい! 牛骨から取った出汁がたまらなく美味しくスープは全部飲み干してしまって隣の方のスープも飲み干した。豆板醤のようなものをたくさんスープに入れるともうたまりません。
そういえば昨年の9月に台湾の牛肉麺が食べたくてyinとanneに無理に頼んでラーメンの麺を代用に調理してもらったことがあった。
台湾の香辛料がたっぷり入った即席の牛肉麺を食べさしてくれた。これも美味しかった。スープを全部飲み干してかみさんのスープも飲み干した。
手慣れた手つきだったので「いつも料理してるの?」と尋ねると、恐る恐る初めてです。と答えが返ってきた。えっ初めて・・・?にしては上出来でした。きっと二人は台湾に帰っても料理していることでしょう。大事なことを聞かずに帰ってきてしまった。彼のために牛肉麺を作っているんだろうなあ〜〜。いいなあ。 さて現実に戻るとするか。
もうすっかり台湾の牛肉麺にはまってしまった。また食べに行かなくては。
8日間に渡って初の台湾出張をしてきました。台北到着後すぐに板橋の夜市にでかける。遅い時間にもかかわらず台北在住の5人が集合してくれた。
12時になってもにぎやかに人出があるが出店では酒を売ってくれません。それでコンビニで台湾ビールクラシックを購入してホテルで飲む。サッポロビールクラシックに似た味でアルコールは5%と控えめであり飲みやすい。後日、札幌ビール発祥の地、札幌ファクトリーで台湾ビールクラッシックを製造した担当者と懇談する。道理で味が似ているはずだと思った。その方「私が指導しました!」と嬉しそうに語った。もちろん北海道では欠かさず飲み会にはクラシックが必要不可欠になった。
明日から1周間かけて台湾を1周する予定だ。気温は20度前後で過ごしやすい。北海道の人間は半袖でも寒くはなかったが・・・。
今回の最大の目的は台湾の食事情に触れることにある。また食に携わる人材(元従業員を介して)と知り合いになるのチャンスもある。詳しくは触れられないが台湾全土を見てみたかった理由がそこにある。
すさまじい外食チェーンの展開には驚かされる。朝・昼・晩外食する習慣の台湾で、我が農場の農産物は受け入れられるスペースはあるのか? その形態は様々で1週間である程度収穫でき、本州を飛び越えて台湾へ進出する手応ては感じた。有力な方々との交流の中でわずかにしか商談の話はできなかったが頭のなかでは「イケる」と思った。
さあこれからどうするの?さあ考えよう!私のオツムの中ではプランが大まかではあるが「整いました」。私の家族は単なる旅行だと思われているようですけど・・・。
詳しくは後ほど。
臭豆腐は2つ目でリタイアした。最初のアンモニア臭に似た匂いがどうもだめだね・・・。
今年も全員で農機具中古市に出かけた。雪室に使用できそうなブロアーが3万円(飼料用コーン等をサイロなどに吹き上げる機械)で出展されていたので14人で抽選に挑んだ。
見事に人数に物を言わせて抽選に当選したが、千歳の若手酪農家が切実に欲しそうだったので譲ってあげました。今日獲得した善意のポイント1点。合計マイナス3点。
中札内にある十勝野フロマージュ(社長は元教師で娘が所属していた吹奏楽の顧問でした)で美味しいアイスをお好みで食べる。帰り道、菜の花が満開の畑を発見してカメラマンのナベさんを除いて全員で記念撮影をした。
明日(日曜日)は6月の誕生会とトマムの雲海、旭山動物園に従業員とピュアモルツ研修生、地元農村青年会員が合同で出かけることになっている。総勢20名を超えるようです。
鹿追町白蛇姫舞保存会が創立40周年を迎えた。私も40年のうち16年活動をさせてもらった。現在は2世の子供達の年代にバトンを渡している。
創立40周年に向けて痛んできた子蛇を新調したが、いままでは長崎に製作を依頼していた。しかし今回は長崎に出向き製作指導を受け白寿大学の学生さん、町民有志のみなさんに協力をしてもらい2年あまりの歳月をかけて完成したそうです。
記念祝賀会では以前持ち手であった私達ベテランがゆっくりと親蛇と子蛇を持って入場しました。久々に持った親蛇はずっしりと思い出がつまり重たかったような気がした。今は若い年代に引き継がれたが40年の途中には会の存続が危機に瀕したこともあったかもしれません。若い持ち手が躍動的に踊る姿を見て涙が出てきてしまった。会場も涙、涙、感動の涙でした。
将来の持ち手を育成する子供白蛇も小学校の協力を得て復活したそうです。町内には色々な団体、会等ありますが民間だからできうる保存会ではないでしょうか。行政主導が・・・というわけではありませんが・・・
今晩は然別湖コタンへカミさんと出かけた。柳月のシュークリームと冬のショコラシュー30個をお土産に持参した。
チャイニーズブルーのカクテルを氷のグラスで飲んだ。元従業員の呉さんがたと談笑していたところミヤネ屋の取材を受けたが・・・カットされずに放映されるだろうか。2月5日の放送予定だそうです。(1秒程でました)
明後日は呉さんと友達3人が遊びに来てくれることになり行者にんにくの臭いが充満した部屋に泊まります。なぜかというかと行者にんにくのパックを部屋の中でしているためニラとにんにくの合わさった匂いがしています。
コンサートホールではハワイのフラダンスが披露されていた。ダンサーの笑顔と楽しそうに踊る姿が印象的でした。
自宅に帰って眠りについた頃、震度5の地震が発生! 鹿追は震度4でテーブルに置いていた安定性の悪い鏡等が床に落ちた程度であった。久しぶりの強い地震でした。
毎年冬期間限定のポンジャンが始まった。かれこれ30年以上になるでしょうかロングランで続いている。冬期間は仕事もないので暇つぶしと頭の体操を兼ねて夜12時に終了する。他にアルコール、たばこ厳禁になっているがソフトドリンク、食べ物は持ち寄って食べ放題飲み放題にしている。全自動の麻雀卓も3代目になった。
写真は私が7巡目にリーチをかけたところです。カン4萬を嫌って9萬と1ピンのシャボ待ちにした。すると嫌ったカン4萬を一発でつもっていた。人生もそんなもんです。
4年前の湖北省省都武漢市(人口約1000万人)でのこと。(写真は本文と関係あるかもしれません)
大河の揚子江を挟んで広がる大都市で中国では重慶、上海、北京、天津に継ぐ人口である。案内役のRさん曰く『ここはスリが多いので注意してください!』と言った。
荷物を運びながら駅の入り口の前に立つ。入り口には銭湯の番頭のように警察官が見張っている。よほどトラブルが多いのでしょう。見渡す限りひとひとの込み合う状態でまるで駅構内が一日中ラッシュアワーのようだ。とにかく財布だけはポケットのなかにがっちりしまいこんで人ごみの中に入ろうとした。
その時バシャーンと何かが落ちた鈍い音がした。目前を歩いていた案内役のRさんがスリにあったのだ。Rさんの財布の中身は色々なカードが何十枚も入っており硬貨も一杯たくさんあったために重たくてスリが落としてしまったようだ。スリは拾うことができず人の流れに消えていった。混んでいるのでかがむことができずRさんの部下の方が何とか拾って無事に大金の入った財布が戻された。
後日、スリについて注意喚起したRさんお金をなくしたと思って今晩は私のおごりで飲んで食べてください。と気まずさそうに言った。
こちらも喜んでごちそうになって良いものか遠慮がちに頂くことになった。
今年度の村瀬ファームの納会を地元然別湖ホテル福原にて行った。もうここは真冬です。湖の結氷はまだですが写真のように10cmほど積雪しています。昨年は隣りのホテル風水でしたのでH24年度はもう一軒のホテル福原にすることにしました。
すでに3〜4人が農場を離れ、息子一家は京都に帰省中で残ったメンバーで楽しく1泊させてもらった。
夕食ではなく朝食の膳です。閑散期で宿泊客が少ないのでバイキングではないのですがこれも豪華でいいですね。飲み物は好きなものをチョイスできます。
来年は海外に行ける業績になるだろうか。今年の反省をふまえて頑張らねばと思った瞬間でした・・・。
追伸。りえママ様パパ様へ。ついにご挨拶に行くことになりました。近日中にお伺いします。
今日は良い夫婦の日です。この動画はブログのみ公開しています。
然別湖ネイチャーセンターのご指導でAir tripを体験させてもらった。250mが2本、100mが1本、40mが1本合計4カ所で行う。地上から高いところで25mもある。
トンボになって池の上を飛び、樹の種になって宙を舞い、モモンガになって木から木に飛び移る。シマフクロウ(トビ、カケスだったかな)になってネズミを狙う。
今日は森のなかに生息する動物と植物の勉強もさせてもらった。
帰りがけの駄賃で三国峠を越え層雲峡をまわって当麻鍾乳洞を見学した。洞内は1周130mほどと短いが奇麗な鍾乳石が見ることができる。頭を思いっきり鍾乳石にぶつけて火花を見せてもらった。
くらくらする頭の傷を癒すため旭川の男山酒造に立ち寄りたらふく試飲させてもらった。本当はだめらしいが自分でついで飲ませてもらう。係のお姉様は苦笑いで私の役目です!っと語尾を柔らかめに話した。
阿寒湖ー摩周湖ー斜里クリオネキャンプ場(温泉付き)ーウトロー知床五湖ー知床峠ー羅臼ー厚岸牡蠣祭りのルートで旅行を楽しんだ。
摩周湖では晴天に恵まれた。数回来て初めて霧のない摩周湖を見ることができた従業員もいた。ほとんどの従業員が初めて摩周湖を見て感激していた。
知床では野生の熊と鹿に遭遇。テンションは上がりぱなっしの状態だった。強行スケジュールだったが1泊2日の道東の旅は忘れがたい日となった。
写真を見ていると中国実習生2人以外は全員独身で若く、平均年齢は約29歳とギリギリ20代を維持。来年はどんなメンバー構成になるのか不安と期待が交差する。
従業員の来年以降の意向調査は本人まかせだがこの時期になると再就職の話が飛び交うようになる。なるべくならみんなに残ってほしいと思うが・・・・
合宿さながらの大部屋での就寝となった。夜中に騒音を発する私は遠慮して車での就寝となった。
阿寒湖にも寄りました。
鹿追神輿会『鹿翔』名誉会長夫妻と記念撮影。
外国人従業員が御神輿かつぎに誘いを受け4人で参加した。肩にずっしり食い込みながら一生懸命かつぎました。4人とも肩が赤く腫れ上がりながらも初めての御神輿担ぎを満喫していた。『楽しかった!』を連発して肩の痛みを忘れていた。
3日前にラフティングをした十勝川で再び挑戦した。TOMさんのスタッフに雨が降ったら来てください!と言われたのが頭から離れずすぐ実行してしまった。
前日に豪雨があり水かさは1mほど増えていて濁流ののなかを決行した。もう少し増水すると中止になるそうだ。
十勝川は日本では有数の水量を誇りラフティングには最適な川だそうである。3日前にあちこち見えていた大きな岩がほとんど隠れて見えなくなりその上をボートが通過していくので、波が大きなうねりとなり我々を飲み込もうとする。見ての通りスリル満点すっかりはまってしまった。
雨が降っても仕事になりませんが30度を超えると暑くて仕事になりません。鹿追は2日連続で30℃越えです。仕事をできるような適度な気温になりません。寒いか暑いかの両極端です。
今日は然別湖近辺にある白雲山に登山を行う。朝8時45分に出発、頂上には11時頃に到着した。半分の従業員が初めての登山の経験であったが、眼下に見える然別湖の絶景に感嘆していました。
午後からは然別湖ネイチャーセンターでカナディアンカヌーの指導をお願いした。1時間半にわたり然別湖を1kmの範囲で二人1組になり乗船?した。
ほとんど初体験で『おもしろかった!』と喜んでくれました。帰って来てからはクラシックビールをサーバーで飲み、焼肉をして楽しい一日を過ごした。
福岡、太宰府天満宮の咲き始めの梅の花です。生まれて初めて「梅の花」を見た。奇麗でしばし見とれた。
菅原道真公の飛び梅は開花していないが国立博物館へ向かう沿道沿いに開花始めたものを見つけた。今年の冬は寒くて例年より開花が遅れているそうだ。
33年前に長崎、熊本に青年国内研修事業により来て以来だ。その時の記憶はほとんど残っていないが写真の料理は記憶に新しい。
長崎では長崎チャンポンの発祥の店と言われている「四海楼」でごちそうになった。ベビーラーメンの上に生のお好み焼きをかけて食べているようだ。感想はこれくらいにしましょう。
今年、熊本市は政令指定都市になったそうである。熊本では何と言っても「馬刺し」である。さすが本場。厚切りのさしの入った馬肉は口のなかでとろけます。うまかったー!。今まで食べていた馬刺は偽物でした。熊本では年間約300頭の馬が消費されるそうである。意外と少なく感じたが300の失われた命に感謝しながら食べたいものだ。
夕食の後、馬刺を食べに行こうと計画していたが行く手間が省けたのであった。
最終日の福岡では夕食のすぐ後に全員でモツ鍋を食べに行った。上モツは口の中に入れるととろけてしまう。レバ刺しも新鮮でおいしかった。もう腹は満腹と思ったが・・・・博多のラーメンが食べたい!となって希望者で中洲の屋台に繰り出した。
とても私は食べれそうにないので見学することにした。
みんなの胃袋が壊れたように600円のとんこつラーメン(細麺です)を食い尽くしたのであった。6時から寝るまで食べっぱなし飲みっぱなしの状態でした。
昨年の9月に中国湖北省の現地面接にて。右手にあるのが鐘祥市で一番大型の「中百」百貨店。左手はサトウキビなどが食べれる店などがテナントに入ってる雑居ビル。サトウキビを初めて食べた。堅くて歯が折れそうになったがジュシーでほんのり甘くおいしく感じた。噛んだかすはそこらへんに吐き出していいよ!と言われたが。。。。専門に掃除をする方がいるそうなのだ。遠慮しながらペツペツと吐き出すのも気持ちがいいもんだ。
一階の店内はこんな感じです。日本と同様、喫煙、ペット入店、飲食等禁止となっている。少し違うのは撮影禁止なのは知らなかった。堂々と撮影していたが何も言われなくて良かった。また店員の多さに驚く。お客さんより店員さんの方がはるかに多い。賃金が非常に安いそうで半日交代で働く店員もいるとか。歩合制も採用しているようよなので十分人件費より儲かるみたいだ。
営業時間は午前8時半から午後9時半までと長い。早いときは7時半から営業しているときもある。ここではコンビニがないので開始時間が早いのでしょう。
ご当地のお土産を探していたらワインがあったので数本「赤」を買った。値段を計算するととんでもなく高いので値切りの交渉に入るが店員のお姉さん怖い顔をしてイヤーな表情をする。日本では態度が悪いとすぐクレームがくるところだが、中国ではごく当たり前のことだ。愛想笑いなどありません。そこで名案が浮かぶ。1本サービスでくださいと交渉したらすんなりOKがでた。後でもう1本サービスしてもらえば良かったと後悔した。
中国では1度レジを通ると買ったものを持参してもう一度店内に入ることはできない。こわーい警備員がにらみをきかしている。低い柵を長ーい足で超えたとたん後ろで入ったらだめだ!と言われたが聞こえないフリして入ってしまった。15分くらいして出口にきたが警備のお姉さん怖ーい顔で何かぶつぶつ言っている。通訳に言い訳を言ってもらい(日本では何も問題がない事を伝えてもらう)笑顔で出さして?のような仕草をする。とその警備員は笑顔になり「どうぞ!」と通過させてくれた。ふっーよかった・・・
私たちのためのライブではありません。Hさんのライブは完全予約制で定員10名ほどで行っています。今晩はSさん夫婦と参加しました。
Hさんにお願いして写真を撮らしていただきブログに投稿することも了解を得ました。私たちはクラシックを聞く機会もなくましてや身じかに生の演奏を聞く機会などありませんでした。
本日の演奏はショパン:バラード1番、ノクターン。 ドビュッシー:喜びの島、ベルガマスク組曲。 シューマン:謝肉祭など。
リクエストではベートーベン:エリーゼのために。リスト:愛の夢3番 などが演奏された。私たちのレベルは「エリーゼのために」を聞くとほっとします。最後に「オリビアを聞きながら?」をHさんが熱唱され満足して帰ってきました。
3月はまだ日程が決まっていないそうです。Hさんは京都から鹿追に移住され音楽活動をされています。5月には京都でジョイントコンサートをされるそうです。
一昨年、結婚25周年を記念して夫婦で中国旅行に行った。終盤に湖北省鐘祥市から省都武漢市行きの汽車に乗った。一般車両は危険で汚いから乗車しない方が良いと言われていた。しかし時間もルーズではなく清掃されて奇麗な車両である。
通訳と3人で向かい合わせの席に片方に並んで座った。日本では4人が定員だが中国では6人が定員で線路の幅が広い分列車の座席も広い。つまり向かいに3人が座っている。日本では以外と知られていない。色々話をしながら約2時間半の道のりを楽しく乗ることができた。
湖北省鐘祥市では有名な「中百」デパートの鐘祥市店の重役をしている方達で武漢市に商品の仕入れに行くそうである。今度デパートに来た時是非寄ってくださいと言われた。カレー店のテナント考えましょうと。。。。。
その時、制服を着た体育会系の車掌が大きな声で車内販売の実演を始めた。「有名な中国の車内販売に出くわした。」薄いビニールゴム手袋をだして両手一杯に手袋を引っ張って「凄く丈夫ですよ!」と言いつつ縦にも思い切って引っ張った。あわてて携帯で録画を始める。とその車掌さん私の目の前によって来て「you tube」に投稿するならやめてくれ!と怖い顔をして言ってきたが(これだけは理解できた)中国語をわからない振りをしていったんは携帯を引っ込めた。それを2度繰り返す。その車掌さん不満そうに引き下がりまた大きな声で実演を始める。今度は息で頭の2倍くらい大きくふくらましてつぶしたが割れなかった。乗客から歓声と拍手がわく。私はそっと録画を再開していて車掌さんとまた目が合ったが販売を始めたので何もオトガメナシだった。
満員の汽車でどこにでもあるゴム手袋なんか売れるわけないよな! と思いつつ成り行きを見る。それが結構売れるのである。値段までは忘れたがデパートの重役さんがあれは高いよと言った記憶がある。つまりうちのデパートで買うと安いよということである。
中国の春秋航空は「上海ー茨城、佐賀」間5000円くらいだそうだが機内販売で稼ぐらしい。日本人はまず買う人がいないと思うが。。。。国民性の違いだ。
車内販売の動画をここに投稿したいがどうしてもうまくいきません。 すごく興味深いので見てほしいですね。そのうち投稿できるでしょう。MACへの投稿の方法を教えてください。
昨年5月に購入したiMacが二日前から画面がフリーズして反応しなくなった。カーソルが動くがクリックしても反応がないのだ。
サポートセンターに電話して症状を説明しても一向にらちがあかない。macを持ち込んでみますか?最低でも4万5千円かかりますが会員になるとお安くできますと言われた。そのうち会員になることに勧誘されて危うく高額の会費2万何千円を払うところだった。これ以上無料では教えることができませんとも言われた。
仕方なく色々試したが症状は改善されない。強制終了して再起動しても同じだ。マウスの電池も一週間前に新しくしたばかりだ。OSの再インストールもできない。カーソルが動くのに変だなあーとは感じていたが。。。初心者には解決は難しい。
最後の手段。___協会のTさんに電話して来てもらった。こんな症状は「初めてですねえ」と言ってマウスを裏返してスイッチをいじった。とたんにカーソルに反応しだした。マウスがフリーズしてました。えツ、マウスが「フリーズ!!!」そんなのありなの!
iMacはワイヤレスのマウスなのでこんな事があるのです。何でもなくてよかった。。。。。
今日は前々から行きたかったLizさんのカフェへ出かけた。たかさん手作りのキッチン、本棚、テーブルなどアットホームがムンムンしているところです。
お母さんとT君はミルキーなココア、私はLizさんおすすめのおいしいカプチーノをいただいた。T君は先月ホームステイでお世話になってカフェを知っていたが私たちは初めての訪問でした。
ヨツール製まきストーブのぬくもりが伝わってきます。
カフェに来る道路は吹きだまりがあり風当たりの強いところです。夏は白樺に囲まれ涼しそうです。たかさんと話して今年の夏は暑い日が多いですよ!と断言してしまった。根拠は簡単で冬が寒いと、年間の平均気温がそれほど変化がないのでどこかで釣り合いが取れるように暑い日が来るのです。6月と9月に30度を超えたり夏は夏日を超える事が多くなると予想。。。。。にわかの天気予報士になった。的中率は70%くらいかな? 夏が暑いということは農作物は豊作? いやいやそんなに甘くありません。降雨量、霜、大風がからんできますから。。。。
噴火なんてあるかもしれません。この予報では何でもありで当たってしまいます。つまり言いたかったのは最近の天気は予想できないということです。
20年くらい前にNHKで放送していた興味深い番組があった。米国のフロリダ州で全国から野球好きのご老人が移住して死ぬまで野球を楽しんでいる野球リーグがあった。イメージは良くないが名付けて『後期高齢者リーグ』netで調べてもそれらしきものにヒットしなかった。
ピッチャーは下手投げがルールだったと思う。ベンチで息を引き取る老人がいるという。好きな野球をして短い余生を楽しみ、グランドで人生を終えることができることは本望。
リーグに参加できる条件は『移住ができて紳士であること。』だったと記憶している。
畑付きの住宅に住みガーデニング、野菜作り、好きな野球ができる生活。老人が多くなってしまうが町の人口増になるし、坪1000円の土地代の北海道では可能なことだと思う。。。。。。
本日より冬休み中の高校生と中学生のホームステイがはじまります。部活の送り迎えと会話を楽しみにしています。町おこしではないがこれも鹿追の人口増になっている。もうひとつおまけに家の嫁さんも京都から来てくれたので人口増になった。
最後のおまけにその嫁さんに子供ができたので人口増につながった。まだあった、従業員9人は町外出身者なのでこれも対象になります。
例年年末に自家用のそばを打つ。カミさんはそばアレルギーなので食べない。5〜6人前しか打たないがが明日も雑煮ではなくそばを食べる事になる。鶏ガラから出汁をとったのでどちらでたべてもおいしい。嫁さんの出身地京都では合わせ味噌に人参、万能ネギ、大根、かしら芋などが入り切り餅ではなく丸餅だそうだ。我が家は醤油ベースに切り餅、ほうれん草、鶏肉、椎茸、人参、ミツバを入れ鰹節をかけるのが絶対条件だ。
いま嫁さんが食べているが「どうだいおいしいかい?」 と聞くと笑顔で 「おいしいです」 答えてくれた。 すかさずカミさんが、そんな質問したらおいしいと言うしかないでしょう! と言ったが、今日の出来映えは最高に近かった。
今年は神社係のため11時半より地元北鹿追神社で年越しをします。ただ今の気温ー12度C(10時20分現在)ジェットヒーター持参で朝の2時頃までお参りする方々にお神酒などのサービスをします。
お父さん! 生の鯖、スーパーで売ってはったので買ってきはりました?。ちょっと発音が違うかな。嫁さんがうれしそうに京都弁で言った。本当に京都弁はひびきが良い。どんどん使ってもらいたい。いっそのこと我が家では北海道弁禁止にしようかな。
それでは早速、鯖寿司に挑戦するこにした。塩をまぶし京都からもらったゆずを搾り冷蔵庫に一晩。酢につけて半日。骨を取り除いて薄皮を剥いだ。レシピどおりやったので一晩寝かして食する事にした。明日が楽しみであり本当においしくできるのか不安だ。作り終わったときどっと疲れが出てくしゃみをしたら鼻血が出て寝込んでしまった。考えてみれば顧問税理士に少々しぼられたからかな。。。。それとも昨夜、近くのSさんと京都から送ってくれた日本酒の祝い酒を1升あけてしまったからか。。。。
かねてから噂の鯖寿司を涙ながらににチェッカーズの歌のようにリクエストしていた。京都では秋祭りなどにどこの家庭でも鯖寿司をつくる。その頃になると鯖の値段が跳ね上がるそうだ。
鯖寿司の好きな北海道の面々にあわせて3日かかる鯖寿司をばあちゃんが手作りしてくれた。それがこれだ!
ソフトボールの全国大会で北九州市に宿泊したことがあった。鯖の好きなチームメンバーがご当地で有名な関サバを居酒屋で食い尽くしてしまい、次の日近くの居酒屋に赴いたがあっという間にそこでも品切れとなった。この二つの居酒屋は店名が違うがチェーン店で関サバを融通していたらしいがものすごい注文に在庫がなくなったようだ。
京料理、ばあちゃんの『鯖寿司』は酢加減が抜群で口のなかで鯖のうまみが広がりこんなにおいしい鯖寿司は初めてである。次の日の朝も残りをいただいたがさらにうまみが増していた。
Mばあちゃんに何か良い土産がないか考えていたところ京都に立つ前夜、無性に農場の紹介をかねたアルバムを作りたくなって即席でこしらえた。題して「梓はこんなところにお嫁に来てくれました」。農場の一年の仕事風景、生活習慣などをわかりやすくまとめた。締めくくりに嫁さんと私のコメントを書いて仕上げた。
カミさんと嫁さんに鯖寿司食べたいから作ってみないかい?と聞くと、「無理!」と即答があった。もう我慢できないので自分で作ることにした。今は便利だからインターネットで鯖寿司に挑戦だ。
京都(嫁さんの実家)に5日ほどお世話になった。まず驚くのは立派な門構えである。代々続く農家なので敷地も広く蔵などが建っている。住宅は20年くらい前に建てたそうだが100坪以上はあると思う。付近の姓はほとんど同じで昔からの親戚だそうだ。周りを見渡すと竹林、みかん、柿、イチジク、ゆず、桃などがあり北海道とは全く違う農村風景である。異国の地だ。
しかし、竹林の横を歩いていると以前夢で見たような記憶がよみがえった。なぜか5〜6年位前に一度来た道なのだ。時々気のせいなのだろうが不思議に思う事がある。
朝の散歩をしたがバケツの水が1センチほどしばれていたので−3度くらいに下がったと思う。住宅内部は暖房設備がポータブルの灯油ストーブのため北海道より住宅内は寒い。晴れの日は外の方が暖かい。風呂の時と着替える時は相当の覚悟が必要である。お母さんが電気敷布を用意してくれ『京都はこれがないと寝れません』と話してくれた。
子供の頃電気毛布を買ってくれたことを思い出した。当時は石炭ストーブがひとつあるだけで寝室は冷蔵庫並みだった。よく−30℃になった頃でストーブのない寝室はー10℃位には下がっていたと思う。それでもそれが当たり前と思って生活していた。しかし当時の生活にはもうもどれないだろう。
柿の木に鈴なりに実っている柿を食べたかったが勇気が沸かなかった。どんな渋さなのか体験してみたかったのだが。。。。。。下から眺めると本当においしそうな柿である。ふと一度食べたような気になってやめた。渋柿は皮がしわしわになるまでになると渋が抜けておいしくなるそうだ。しかしその頃になると鳥たちがほとんど食べてしまうと。鳥たちも渋いのは食べないのだ。

京都の披露宴が一段落したので、村瀬家の出身地である揖斐川町小島に足を伸ばした。(祖祖母方は静岡県菊川町出身で実家はお寺) 開拓で十勝に渡った4代先の祖先が寄贈した鳥居を目指した。
前日、隣町の温泉に宿泊した。そこで働いている方との話のなかで先に述べたことを話すと、そこの神社の近くに娘さんが嫁いでいるので案内ををしてくれることになった。娘さんの義父の方のまた従兄弟になる方が神社について詳しいとのことで家にお邪魔させてもらった。30数年神社の総代をしていた方で説明をしてくれた。
大正9年に村瀬家の先代が鳥居を寄贈し柱に名前が刻印されていた。他の方が狛犬などを寄贈している。詳しい資料が残っていないことを知らされた。揖斐川町は芽室町に開拓者が多い事からソフトボールなどで交流があるそうです。下の写真は当時の落成写真で右側の杉は健在であった。先代は落成式には出席できなかったそうである。
鳥居の前には樹齢数百年の杉の大木が立つ。村瀬家の祖先はここの上野(桐野)地区の出身だと聞かされた。現在残っている村瀬を名乗る家は2〜3戸しかないそうだ。一族になる芽室の村瀬杉男さんはこの杉の大木にちなんで杉男と名前を付けたそうだ。家の孫にも名前を貰おうかな。例えば杉太郎、杉の助、杉太、杉也、どれをとってもおもしろくない。いっそのこと『おすぎ』なんてどうかな・・・・・。杉にこだわるのは辞めた方が無難です。
今回の訪問では初めての訪問地で電車を無事に3回乗り換え、古希野球をしているTさんが親切に案内してくれた。Tさんの親戚が近くに住んでいて神社の総代を務めていたりと土地勘もなく足もないのに気持ち悪いぐらいに小島地区の日吉神社に行けることができた。きっと先祖が案内してくれたと思う。こんな事があるのだなあと今しみじみと感じている。
明治30年代に北海道へ開拓で渡り故郷に鳥居を寄贈(金品を送付だけ)したが凱旋する事はできなかった。4代後の子孫でやっと実現する事ができた。
30年来の付き合いになるA氏宅に集合して蕎麦打ちの会に出席した。気楽に集まって勝手に蕎麦を打ってわいわいと酒を飲む。最近は打つ回数が減り腕が落ちてしまった。もともとそんなに打っている訳ではないのでそれほどの腕ではないけど。
鹿追産そば粉1、3kとつなぎに小麦粉130gを水700ccほど加えて10分ほどこねる。この量だとのし板からはみ出しそうになる。これを夏冬関係なしにざるでいただく。素材の味がわかりやすい。水加減、湯で加減で味が微妙に変化する。蕎麦打ち評論家の面々は新蕎麦に舌鼓を打ちながら批評に入る。結論から言うと鹿追産の蕎麦は日本一おいしいとなる。全国の蕎麦を食している師匠が言うのだから間違いないでしょう。厳しい気候、有機物の多い土壌、日照時間、適度な降雨など栽培に適した地なのだ。このことを認識している鹿追町民は少ないと思う。日本一はオーバーとしても相当な食味ランクが上位だと予想する。
先日『おふくろさん』という町内の手打ち蕎麦の店が閉店することになった。70代〜80代の農家のお母さんがたが運営してまさしくおかあさんの味だった。おかあさんたちも年齢が高齢になり大変になったようだ。店の跡を継ぐ人を募集していているので町内ではいるとは思うが。鹿追蕎麦の火を消さないでほしいと思う。
新得そばで有名な新得町では、新得高校で蕎麦打ちの取り組みをはじめ高校の選手権や新得そば祭りに出場しているという。今日の新聞で初段位を取得と記事が掲載されていた。地場特産品を守り継続していくためには若い力が必要である。生産から加工、販売へ一体した取り組みが必要なのだ。。。。。。
鹿追そばは特産品としての位置付けを理解してない農業関係者が多いのかもしれない。そば打ち仲間では『にしかみ』の石臼引きの粉に十勝産の黒い田舎そば粉を少し配合すると最高のブレンドができるらしい。そば粉の粒子も関係してくると思うが『にしかみ』の石臼引きはどこでも評判が良い。
鹿追そばまつりで奮闘する80歳代のおかあさんとおとうさんの方々。写真右端は私の妹が嫁いでいるM農場の84歳のじいちゃんです。さすがに我々より腕は確かです。ちなみに大鍋に使用しているガスはバイオガスプラントで生産されたガスを使用している。
今朝は−3度C。やっと寒くなってきました。バケツの水が5mmほど凍っていた。雨は2週間以上降らず今頃畑は乾燥してきた。
小麦の防除作業をJaに委託していたが機械が圃場に入れるようになったのでJaに断りをいれて私自身で行った。20ha委託すると20万円かかるところだったのでまるまるその金額が浮いたことになった。
急遽地元の温泉で今年一年の慰労会を一泊ですることになった。また15日に中国実習生も帰国するのであわせて送別会もかねた。今回初めての企画で好評なら続けていこうかと思う。
携帯とデジカメのバッテリーが同時になくなってしまった。充電器を忘れて来たので困り果てていたところ、ホテルで2時間ほど休憩時間が与えられたので一時間睡眠を取って一人で街へ出てみることにした。
10分ぐらい歩いたが中心街には行けそうにないのでデパートの名前を書いてタクシーに乗り込んだ。あまりタクシーがないのですぐ帰るからここで待ってくださいと身振り手振りで運転手に伝えデパートに入った。日本製の携帯に合うようなバッテリーは見つけられずしぶしぶ帰ることにした。玄関に出ると先ほどのタクシーは見当たらずキャッチもできず歩いて帰ることになった。しかし車でかなり来てしまったので歩いてではバスの出発時間に間に合いそうもない。困ったなあーと急ぎ足で向かうが遥か彼方の距離だ。
よし冷静になろうと考えた。ふと街角で麻雀を見ているスクーターの若者がいたので『ホイジャー、ホテル』を繰り返しホテルの名刺を見せて10元札をちらつかせ両手を合わしてお願いした。あっさり10元で行ってくれることになりピタリ出発時間に間に合った。
後から聞いた話だがホテルのフロントの女性が一人の日本人が街に出かけてると案内人のR社長に伝わったため非常に心配していたそうだ。そこへスクーターに二人乗りして現れたものだから飛んで来て『危ないですよ!』と言われた。
村瀬さんスクーターの人知っているんですか? と聞かれたので知りませんと答えた。皆さんに感心されたのか飽きられたのか定かではないが私はそれどころではなかったのだ。知らない土地で遠出は禁物でした。
中国は米と麦の大産地だ。そのなかで湖北省鐘祥市(人口106万)の米はお世辞にもおいしいと言えない。炊きあがりの色が黒ずんでおりチャーハンではないと食欲がわかない。中国3日目の宿泊地は鐘祥市から省都、武漢市(人口900万)に向かって70kmくらいに位置する京山県京山市(人口80万?)に入った。新しい町だと聞いた。
R社長がここの米はおいしいですよと宣伝しているので、食べてみると日本の米にはおよばないが近い食味なのには驚いた。鐘祥市とは目と鼻の先なのになぜおいしいのか?『水がいいんですよ!』帰国してから中国実習生に聞いても同じ答えが返って来た。ある程度標高があり地下水が汚染されていないのでしょう。
鐘祥市は揚子江の最大支流になる漢水(漢江)のふちにあり鉱物の汚染で有名な川である。支流と言っても橋の長さは1000mもあろうか大河である。ここの米を使ったカレー屋はいつになったら出店できるのだろうか?3年越しの計画なのだが。。。。。
ホテルの夕食会でおいしいご飯を茶碗に2杯いただいた。京山市の__署の署長さんと副署長さんが同席され私たちに紹介された。例のごとく中国式乾杯が42度の白酒で始まった。
その夕食会が7時半に終了。もう酒は飲みたくないので鹿追班で相談したところ街に繰り出すことになった。年配のSさん中国に来て足もみマッサージを経験していないとのことでみんなで行こうとなった。ホテルのフロントでめちゃくちゃな中国語(ホテルなのに英語が全く通じない!)でタクシーと店を紹介してもらい料金も聞いた。タクシー(料金は10元、120円)が街の繁華街に到着し店のフロントで運転手が何やら相談している。きっと料金の交渉と自分のチップを貰ったのだろうと勝手に推測した。店員に案内され3階にあがり皆一緒の部屋に入った。
例のごとく足もみをしながら耳そうじと爪切り職人も同時に頼んだ。きっと料金はたいしたことはないだろうと予想したので。爪を切る道具は牛の爪切りを小さくしたような独特なもので手際よく削っていく。隣のSさん半年ぐらい爪を切っていないかのように伸び放題だったが何事もなかったようにあっさり切ってしまった。ほんとうに職人技だ。耳掃除のおじさんは何本もの耳かきを持参して鼓膜に触れながらやさしくしてくれる。最後に鉄製の長い箸のようなものを振るわせ耳かきの棒に接触させて一緒に振るわせる。チーンチーンと金属音が鳴りお経が始まるのかと思った。気持ちがよくて寝てしまいそうだ。昨日はマサージしながら寝てしまいました。足もみと言っても全身をマッサージしてくれるため気持ちが良いのです。
少し不満だったのは私だけ男性の足もみ士でほかは若い女性なのだ。女性たちは朝鮮族の少数民族の出身だといっていたが、胸を張っていっている姿は少数民族を大切にするお国柄なのではないかと感じた。飲み物とスイカが出されたが無料ですからと言ったのが理解できた。
一時間半の足もみが終わりいざ会計となった。一人90元(1080円)ですと聞いて安いと感じた。約束した料金であった。さらにタクシーを呼んでくれ待ち時間にスイカを出してくれた。今もまたあの店には再び行きたいと思っている。ところで店の名前何だったっケー?
中国産の代表的なコンバイン。汎用的に稲、小麦、大豆などに使用できる。価格は約100万円で一般農家の年収(約10万円)の10年分だ。一般農家の非所有者は賃刈りをしてもらう。詳しく聞けなかったが1ム(6、7a) 200円から300円くらいだと思う。中国実習生の話だと1200円だと主張するが高額だと思う。中国では手刈りは倒伏したものをのぞきほとんど見受けられなくなった。
3年くらい前にこのコンバイン輸入できないか考えたことがあったが。。。。。日本産だと同等なクラスで800万から1300万円はする。おおよそ円と元の為替レートと比例する。中国産コンバインを買うのに価格の30%位が政府から補助金が出るそうだが普通の農家は手が出せない。さらに高額なのが日本製で湖北省鐘祥市では一台も見たことがない。見た感じ構造は簡単である。耐久性はないと思うので故障しても我々素人でも修理できそうだ。
中国湖北省鐘祥市は水稲の収穫真っ最中でした。乾燥機がないのと、はさがけをしないため庭先や舗装道路で乾燥させる。写真の道路は稲で埋め尽くされ、やむなくその上を車が通ります。農家の人がなんで車で走るんだ!と言うような表情をしていた。道路は稲優先です。なんと高速道路に稲を乾燥させている農家もありました。
これは見習うべきだと痛感した。
私たちも無駄に乾燥機で燃料を使うより、麦などは畑で水分が落ちてから刈りとることが大切だと感じた。道東自動車道も開通することだし。高速道路を利用しようか?
今振り返ると40年前頃、公民館の駐車場を借りて同じことをしていた。小麦を刈り取りトラックで農協へ運ぶ。その時の麦の水分検査で高水分のものは「実干し」の実刑に処される。
持ち帰った麦を駐車場一杯に広げかきまぜながら水分を落とす。ある程度水分が落ちて夕方にトラックに積み込み農協の乾燥工場へ出荷できることになる。現在は小麦を刈るだけでも大変なので「実干し」は行っていない。燃料が高騰したりしたらやらざるを得ないかもしれない。。。
この判断は各麦作組合の代表がしていたためトラブルが絶えなかった。農家が農家を指導するので私情などからむと尚更である。そんなことを何年も続けていたのである。
昨年植えたぶどう(品種ナイアガラ、デラウエアーなど4本)が開花した。ビニールハウスの側面にはわしてみたのですが。遊びの範囲なのでそこそこ実のってくれればいいかな。老後はワイナリー(自家用)でも開設できればと計画はしていますが。


2008年、ログハウス用輸入材が手に入らず悩んでいたところ、建築会社の社長から割高だけど北海道産杉が手に入ることを知らされ初めて使用することにした。輸入材の2倍もする価格でしたが材質は柔らかく加工しやすくすっかり気に入ってしまった。杉独特の赤みとあらくきれいな木目はしばし見とれるほどだった。

ログビルダーは壁板を張るとき横に張り上から下へする。大工さんは板材を縦に張り下から上に張っていく。
壁材に防腐剤(シッケンズ)を塗るかみさんです。シッケンズは光沢がありガードラックより長持ちするらしい。ベランダ用として主に使用されている。
12月1日から完成した翌年3月14日まで短い工期で仕上がった。中国研修生が千歳に降り立つ寸前に完成した。突貫工事であった。総工費750万で町からの補助金100万円と浄化槽が進呈される。
従業員を増員するため今年の冬にログハウスを建てなければならないことになりそう。 安く建てるためにはセルフビュルドがベターです。 もう建てるのは大変だからやめようと思っていたががんばろうとする意欲がわいてきた。よしやるか!!!
新型が発売されるまで待っていたiMac・・・・・をさっそくネット販売で購入した。速度(約15秒~20秒で立ち上がる)、画像は鮮明(グラフィックはきれいだ)、使いやすさ(煩わしいアップデ−トが少ない。ウイルスバスターなどセキュリティーの更新が不必要)どれをとってもオーバーな表現だと異次元な感覚になったかもしれない。 今まで使っていたvistaは・・・・・さわる気力がなくなってしまった。 これからソフトボール大会now

待ちに待った?屋外での練習が始まり参加した。 私は帯広のチームに所属しており毎週日曜日に芽室町で練習をしている。 所属している帯広のチームはそれぞれ40代、50代、60代の三チームがあり年代別にチームを構成しており総勢60名近い部員を誇る。 各年代別に全国大会、ネンりんピック、国体などに出場している北海道では強豪のチームのひとつである。
野球と両方兼ねている部員もおり自他とも認める野球バカと呼ばれる面々だ。 特に60代のチームは北海道大会で六連覇を成し遂げ継続をしている。
ほとんど公務員が中心でチームが構成されており農家のおやじは私一人でなかなか練習に参加できず迷惑をかけている。 毎年、休部、引退の文字がちらつく。 体力が続く限り頑張りたいと上さんには言っているが相手にされていない・・・・・。仕方ない?今年も頑張るか!

地元にいながらなかなか行けないものだ。 長男夫婦が遊びに来たので十数年ぶりに然別湖コタンを訪れた。(長男はお笑いのサバンナ高橋に似ています)
気温はー7℃で氷上に足を踏み入れると寒さは一段と厳しく昼間でもー10度は超えているだろう。 今年で30回の節目を迎え今月の27日にコタン実行委員会にかかわったOBが集合する。私が実行委員だったのは平成9年ごろまでだったと思う。 そのころよりパワーアップしてアイスバーは二階建てになっていた。 露天風呂や教会(建設中)、宿泊体験できるイグルー(氷の家)などは当時からほとんど変わらなく同じだ。
当時は毎夜8時頃から12時近くまで建設作業をボランティアで仲間たちとしていた。腹がすいたらカップ麺、のどが乾けばアルコール、寒くなれば露天風呂など何かにとりつかれたようにもくもくとするのである。 実行委員は町内の青年組織から参加していてほとんどが独身であるがゆえ目的意識がはっきりしていた。 長ーく彼女のいない生活と毎回男ばかりの付き合いにあきあきしていたのだ。 それほど若い女性が町内にはいなかったのだ。
私が所属していた農村青年会は男子会員が約100名で女性は10名前後しかいなかった。 90名は町外を中心に相手を見つけなければならなかった。 笑い話ではないが女性一人にトラック一台の男性が群がると揶揄された。 悲惨な状況だった。
コタンが縁で愛が生まれ生涯の伴侶を得た仲間も7~8組はあると思う。 つまり結婚までいかず付き合う程度のものを含めると相当な愛と出会いがあったと思う。 氷を溶かすようないきおいだった。 あのバイタリィティな活動はいまの若者にはあるのだろうか?と考えた時、時代が違うのだから同様な評価をするのは無理かもしれない・・・・・・。
氷上結婚式のための教会を建設中でなつかしい作業を見せてもらった。 わくわくしながらイグルーの中に入って写真を撮ったところ「危ないですから出てください!」 と言われてしまった。 台湾から来ているボランティアらしき女性三人と制作スタッフ男性三人が黙々と作業をしていた。 村長を見つけたので頑張っているねえーと声かけをして退散した。
家のカミさんは然別湖コタンに訪れた観光客&ボランティアスタッフでした。

コンサートホールで毎週末コンサートライヴが開かれているそうです。
行政区班長なる私は新年会を然別湖のホテルで行いました。毎年恒例で二つのホテルを交互に使わしてもらっています。冬のイベント然別湖コタンも30回目を迎え明日から作業を再開するようです。ところがどんな年でも年末に全面結氷していた湖面が今年は結氷しなかったのである。支配人に伺ったところ私が然別湖に来てから初めてだそうです。とにかく暖かい冬になってしまった。マイナス15度を超えることができないのだ。北海道特に十勝鹿追は札幌や旭川と違って毎日のように晴れの天候に恵まれており住みやすくなってきている。
然別湖コタン実行委員会(然別湖ネイチャーセンター)では制作ボランティアを募集していて、今年は台湾から数十人の若者がワーキングホリデーを利用して来る予定だそうです。
rieさんの実家である苫小牧にある居酒屋浜ちゃんにお盆休みを利用しておじゃましました。 苫小牧勤務の長男も呼び寄せ、おいしい海産物をいただきました。まず有名なホッキ貝、焼いたチップ、もちろんシシャモなどどれをとってもおいしいものばかりでした。 大変お世話になりました。帰りには真だいと紅鮭をいただきありがとうございました。
二男が白蛇姫保存会のメンバーに誘われ白蛇のもちてで舞うことになり、家族と従業員全員で地元にある然別湖へ見物に出かけました。私も16年間保存会で活動させていただきました。 白蛇の舞が終わると湖畔のふもとで灯篭ながしを行います。研修生は私たち夫婦の健康を願い、rieさんは楽しく健康で働けますようにと、私はrieさんが・・・・・ようにと願い灯篭に書き湖に流しました。どうか願いがかないますように! きっとかないますように!!!! ちなみにうちのかみさんとはじめてめぐり会ったのは丁度写真を撮ったこの場所です。冬のイベント「然別湖コタン」。凍った然別湖の湖上で彼女は観光客でした。 
仕事を急きょ休みにして、村瀬ファーム従業員一同と生まれて初めての登山を敢行。
最年長の私は若いもんには負けない覚悟だったのだが・・・・・。
足に疲れがきて、ひざが笑いすぎてヨレヨレになり・・・・しかし1252mの頂上は絶景で、素晴らしく綺麗だった。片道約1時間の道のりも丁度よい長さで、然別湖の温泉でゆっくりして帰ってきました。 登山通のrieさんは物足りないみたいでした。 帰ってからお好み焼きパーテイをして疲れをいやしました。