2020年1月25日

祝  OBINO-帯広農業高校が甲子園出場決定!

Filed under: 未来へ向かうこれからの農業 — 管理人 @ 11:05 AM

帯広農、OBINO 甲子園出場おめでとう!

私の長男、次男がお世話になった帯広農野球部が、念願の春のセンバツ甲子園に選出された。1年生全員が全寮生活を体験でき文武両道で学生生活を送れる。16年前も挨拶や生活などを厳しく生徒に指導していただき、安心して親は仕事に専念できた。公立高校のためスポーツ推薦もなく、息子たちの頃も部員のほとんどが農業後継者であった。当然、ずば抜けた選手も存在しなかった。しかし、日々の練習で鍛え上げた雑草魂で、北北海道大会ベスト4まで勝ち上がった。当時若かりし頃の現前田監督もコーチとして指導していただいた。

昨年は北北海道大会も拝見したが、息子たちの頃より数段実力が上手で、ひょっとしたら?と感じていた。札幌や私学の実力校と互角以上に戦えるチームになるとは。充分に甲子園に出場する資格を有すると思う。

毎年、農業科の生徒40人が農場視察に来てくれています。ほとんどが農業後継者で占められる。引率の野球部顧問の先生の前で偉そうなことは申せませんでしたが・・・。

私の経営方針は生涯、挑戦者であること。常に作物の新しい栽培技術などに挑戦して失敗する。失敗することによって成功の鍵を発見する。最初から諦めてはいけない。最後まで諦めてはいけない。と生徒に伝えた。

最後にもう一度、1931年台湾の農業高校嘉義農林高校 KANO が甲子園に台湾代表として初出場して準優勝したことがある。一昨年の金足農高校 KANANO の準優勝にあやかって、OBINO の活躍を願う。FFJ農業クラブの歌を声高らかに歌うことを実現してもらいたい。

嘉義農林が甲子園に出場した実話をもとにしたKANOという映画では、札幌商業学校野球部投手だった錠者博美が出征途中に台湾に立ち寄る場面から始まる。実際には錠者は中国大陸に出征し、戦後はソ連によりシベリアに抑留され、イルクーツク近郊のマリタ収容所で亡くなっている。ただし、劇中で錠者が発する「嘉義に着いたら起こしてくれ」という台詞は、実際日本兵の間でよく語られた言葉と言われ、敗戦色が濃厚となった太平洋戦争末期、「どんな状況下でも決して諦めない嘉義農林の球児たちを育んだ土地を見たい」と思う日本兵が多かったという。wikipediaより

 `現在、嘉義農林高校は台湾国立嘉義大学となっている。昨年、村瀬ファームと嘉義大学との間にインターンシップ提携を結び、野球部の学生等を受け入れしている。そんなことで、今回の帯広農の甲子園出場は何かの縁を感じて感慨深いものを感じている。農業と野球が意外なところで強い絆があると思う。

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