2011年2月19日

日本語能力試験1級合格

Filed under: 中国人研修生 — 管理人 @ 12:07 AM

一昨年村瀬ファームに来ていた中国研修生ホウさんがわずか1年弱で日本語能力試験の最高峰1級に合格した。

彼女は中国で200アール (我々はアールの単位は普段使わないため時々単位を間違うが合っていると思う) の農地(すべて国の所有地で農民は借りている)をもつ農業者であった。 24歳で8ヶ月間研修生として来たが日本語はそれほど話せなかったと思うが他の人よりわずかに能力があると感じる程度だった。  研修中は常に日本語を理解しようとする意欲があり、わからない言葉があれば質問を欠かさずしてきた。 また日本食にも慣れたいと普段食べない刺身や寿司などを積極的に食べていた。

「 私たち日本人も中国を理解するために努力をしているだろうか? 批判だけしているのではないかな? 中国は一党独裁の国、一般民衆と役人では不平不満は全く違う立場にあり、12億人の中国人を同一に判断するのはあさはかなことだ。」

第二次世界大戦の終戦直後、満州の関東軍は移住した日本人農業者を捨てまっさきにロシア軍から逃亡した。日本人農業者を盾にしたのだ。 その時のことを満州で9歳だった叔父が良く話してくれる。叔父の父は農業改良普及員のような仕事をしていたそうです。  満洲国時代には関東軍にいやというほど屈服されていた中国の人だったが子供には罪はないと、逃げる足かせになる幼い子供を預かってくれた。 乳飲み子はかわいそうで手放せなく食べるものもない窮状では兄が自分で行くといったそうだ。 それが中国残留孤児という家族が離れ離れになる悲惨な結果を生んだ。 中国の人は本当に優しく感謝していると毎回涙ながらに語るのである。  その兄も数十年後に日本に生きて帰国できた。  最初に帰国した人は本当の兄弟ではなく改めて捜索して見つかったそうだ。 しかし弟は逃げる途中亡くなり小高い丘の大木のふもとに埋葬したそうだ。 今行ってもわかると思うから行ってみたい。そこで眠っている弟に会いたい・・・・・・・・」 と熱く語るのである。

話はもどりそれでも日本語が理解できないときは昼休みに辞典で調べて勉強していた。  休みの日など時間があれば日本語の勉強をしていて、その姿は本当に感心した。 送り出し機関の社長さんにホウさんだったら日本語の先生になれると推薦した。  彼女は帰国後すぐに大学に入り日本語研修を5ヶ月間して2級に合格している。  そして送り出し機関の日本語学校に採用されて現在に至っている。   働きながら日本語を勉強してわずか10ヶ月ほどで先月の試験で1級に合格してしまった。 合格の条件はまず文法が正確にできないとだめだ。 みんな驚いているが1級の合格率は20%台なのだ。 1級に合格すれば何処でも日本語通訳はできるし就職には困らないだろう。 中国人の勤勉な姿には感嘆するしかない。

私は何としても中国語を覚えようとする意欲がわかないので諦めました(英語より難しいと思う)。 片言の英語だけで満足しています。 中国語の担当は息子と上さんにまかせました。

 

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